反発一①_父上苦手
「いやだ、行きたくない」
「ウメ、わがままを言うんじゃない」
階段下から聞こえる声。朝の時間は、人の声がよく聞こえる。
踊り場から、そっと下の階を窺う。ウメちゃんと伊藤さんが、何やら話し込んでいる。
「父君との約束だろう」
「それはわかってる、でも……」
しぼんでいくウメちゃんの声。おはようございますと言える雰囲気ではない。それでも、階段は一つでいつまでもここに留まっているわけにもいかない。
おずおずと階段を下りれば、こちらに気づいたウメちゃんが逃げるようにこちらに駆け寄った。そして、私の腰にしっかりとしがみつく。
「お姉ちゃん、助けて」
思わず、ウメちゃんを引き寄せる。
「おい、変なことは何もしていないぞ。ウメが、家に帰りたくないとごねているんだよ」
「家に?」
「ウメをこの家に住まわせるとき、ウメの父君と決めたんだ。定期的に帰宅し、近況報告をすると」
そうなの?とウメちゃんを見れば、ウメちゃんは帰りたくない、と呟いた。父親からすれば、家を出て暮らす自分の娘の状況は、気になるものなのだろう。
ウメちゃんは、家族と仲が良くないのだろうか。しかし、親に顔を見せなければならないのであれば、逃げてはいけない。
胸に発する重い痛み。これは、なんだろうか。
気のせいだと誤魔化しきれないほどに広がってゆく。訳も分からず、ただ胸を抑えつける。
意識が遠くに向かいそうになる。奥底にある、小さな、何かを思い出しそうな。
腰にしがみついている温かさだけが、意識を今に保たせる。
違和感と不快感を押さえつけ、大きく息をつけば、不快感は少しましになった。
顔を上げないままのウメちゃんに帰らなきゃね、とその背中をたたく。
「お父様と、お約束したんでしょう」
「やだ、父上苦手……」
そう零すウメちゃんを見かねたのか、伊藤さんは私の名を呼んだ。
「悪いが、ウメに付き合ってやってくれないか。ウメも、一人で行くより気が楽だろう」
「でも、お姉ちゃん、いいの?」
こちらを見上げる不安そうなその顔は、まだ幼い。しっかりしているが、彼女はまだ16歳である。
頼られれば、答えるよりほかない。
「うん、一緒に行こう。ウメちゃんはいつも頑張ってるから、お父様にちゃんと頑張りを知ってもらおう」
「嬉しい。一緒なら頑張れる、多分」
「それじゃあ、頼んだよ」
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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