反発一③_私はいらない子なの
走る。ただ足を前へ進ませる。
巡る景色。ぶれる視界。頭がぐるぐるする。
ウメちゃんの涙、届かない大きな背中。頭の中で目まぐるしく弾けては私を覆いつくす。
これは一体何なのか。私はどうしてしまったのか。
ぼやけた、元の世界の景色が、頭に浮かんではじけては消える。
思い出せそう。だが、その度にぞくぞくと背中に嫌な悪寒が走る。
頭が痛い。吐き気がする。
振り切るように、ただ前に進む。履き慣れない下駄が、私の足を締め付ける。その痛みだけが、ぐちゃぐちゃな頭を現実に留める。
がくんと揺れる地面。そのまま土の上に転がる。
花緒が切れたらしい。ろくに受け身もできなかった。
唇を噛み、顔を上げる。
不意に、鈍くなっている聴覚が、誰かの声をキャッチした。
この声は。
転がっていた下駄を手に持ち、立ち上がる。大きな木の後ろをのぞき込めば、うずくまる小さな背中があった。
乱れた息を整え、小さく名を呼ぶ。と、その体がぴくりと震えた。
「もう嫌、嫌」
嗚咽交じりに、絞り出される声。ぼたぼたと、その大きな瞳から涙が零れ落ちる。
「どうして結婚しなきゃいけないの。どうしてやりたいことをさせてくれないの。結婚したら、学校が作れなくなるのに。家で旦那様の帰りを待つことしかできないのに。
結婚したら、何もできないのに」
ここは、女性が活躍できる世界ではない。女性の社会的な活躍は、求められていない。
この世界の結婚は、ウメちゃんの未来を摘み取るものとなる。
「私の夢は、そんなに追いかけちゃいけないものなの?」
ウメちゃんが顔を上げる。涙に濡れた瞳と、目が合う。
「女に生まれたくなかった。ううん、生まれちゃいけなかった」
どく、と心臓が大きな音を立てる。
「私、知ってる。父上は私が生まれたとき、何も嬉しくなかったって。男じゃないからいらないって、そう思ったの」
喉が張り付く。声が出ない。
「父上は、男だけが欲しかった。自分の後を継げる子供が、欲しかった。女だったら、父上の職は務まらない。
私は、いらない子なの」
そんなことないよ。
否定の言葉も、慰めの言葉も思いつくのに、それは喉につかえて出てこない。言えるわけがない。
「お姉ちゃん……どうして、泣いてるの」
わからない。何故、こんなに胸が痛いのだろう。
「やだ、泣かないで」
止めたくても収まらない涙が、次から次へと流れ落ちる。
この涙は、この胸の痛みは、一体。
ウメちゃんを慰めようとしていたはずが、いつの間にか逆転していた。
涙が止まらない私の背中を、ウメちゃんは小さな手で懸命に撫でてくれている。謝れば、ウメちゃんは笑って首を横に振った。
「なんか、すっきりした。お姉ちゃんが、代わりに泣いてくれたから」
ウメちゃんの顔には、先程までの悲壮感はない。少し、ほっとした。
「帰ろう」
差し出された手を取る。暖かい。
ウメちゃんには、居場所がある。夢を持っても許される場所が。
それがどれだけありがたいことか、身をもって感じた。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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