出会二⑤_コーインヤノゴトシ
その後も、二人は、様々な店に連れて行ってくれた。
何もわからない私の代わりに、ぽんぽんと日用品を購入してゆく。申し訳なさを押し殺すのが大変である。
買い物を終え、帰路に就く時になり、ようやく息をつく。精神的に疲れた体に、水の音が耳に届く。川の流れる音である。
気付けば、歩いている道は、川辺特有の大小の砂利が敷き詰められたものになっている。
履き慣れない下駄が、砂利に弄ばれる。バランスを崩さないように変に力が入るのか、歩きにくい。
この道も、いつかはアスファルトになるのだろうか。それは何年後だろう。
ここには、平らな道も自動車もない。これまで当たり前に享受していたものが、当たり前ではないと身に染みる。雨上がりのあのアスファルトのにおいが、急に恋しくなった。
遠くに思いを馳せていると、急に視界がぐらりと揺れる。
砂に足を取られたのだ。あ、と思う間もなかった。
思い切りバランスを崩すが、私の体が地面に衝突することはなく、気付けば伊藤さんに腕を引かれていた。
「用心してくれ。怪我をしてほしくない」
体勢を立て直し、頷く。
下駄にも慣れなければならない。舗装されていない道が、こんなに歩きづらいとは思わなかった。
溜め息をつく。この世界に生きる人間ではないゆえの不便が、随所で露見する。着物を着るのも、スマホがない生活に慣れるのも、一苦労なのだ。
落とした視線の先に差し出される、大きな手。顔を上げれば、伊藤さんが身をかがめ、目を細めていた。
「レディ。転ばぬよう、お手をこちらに」
まるで紳士のような仕草に、思わず固まる。
このような扱いを受けたことがないためか、その手を取るべきか、笑って流せばいいのか、どうしていいのかがわからない。
「伊藤さんったら、もう」
ウメちゃんは代わりに私の手を取り、花咲くような笑顔を向けた。
「手を繋ごう、私と!」
温かくて柔らかい手である。それは、ウメちゃんの人柄そのものだ。
「ウメちゃんと伊藤さんは、昔からの知り合いなんですね」
仲の良い二人の様子に、疑問だったことを口に出せば、二人は顔を見合わせて笑った。
「ああ、再会したのは最近だがな」
「アメリカに行く船に、一緒に乗ってた」
ウメちゃんが留学するとき、二人は同じ船に乗船していたらしい。であれば、彼らは10年以上の付き合いということになる。
「月日が流れるのは早いものだな」
「私、知ってる。それ、コーインヤノゴトシっていうの」
「6歳で留学って、本当にすごいね」
素直に尊敬する。私がその年頃の時は、何もできない子供だったはずだ。
私より一回りほど幼い女の子。まだあどけなさの残るその顔を、じっと見つめる。
親から、日本から離れ、10年も留学など。
「……辛くなかった?」
「辛かったよ。船、ゆらゆらして吐いた、何回も」
「ウメにとって一番つらかったのは、船旅だったようだな」
もう乗りたくない、とぼやく姿は年相応の子供で、そっと笑う。この子は、本当に強い。
「でも、船で楽しいこともあった」
くるくると、ウメちゃんは踊るようにステップを踏む。
「楽しかったこと、そのイチ。伊藤さんがくれたお漬物!」
「ああ、そんなこともあったな。海外にいると日本食が恋しくなるから、持ち歩いていたんだ」
「とっても美味しいの」
船の中での故郷の味は、きっと大きな支えになっただろう。
「友人の漬けた大根を持って行ったんだが、あれは美味いぞ。今度、きみも食べてみてくれ」
祖母も、よく家で漬けた野菜を振舞ってくれていたことを思い出した。あの素朴な味は、どれだけ食べても飽きなかった。
「楽しかったこと、その2。ミノケもよだつ怖い話!
怖かったけど、面白かった。毎日楽しみだった」
分かっていたことだが、改めて思う。伊藤さんはずいぶん面倒見がいいらしい。
「どうした、そんなに見つめて。きみも、怪談を聞きたいのか? お望みなら、一晩中聞かせてあげるよ」
「遠慮しておきます」
顔が引きつる。怖い話は苦手だ。
「10年大変だったけど、ホームステイも、学校も、本当に楽しかった。帰るのが嫌になるくらい。
アメリカの家族も、友達も、とっても大事。アメリカは、私のもう一つの故郷なの。だから、しんどいとか、つらいとか、思わなかった」
その声も表情も、とても楽しそうで、その言葉が嘘偽りないものだとわかる。
「それより、日本に帰ってから、いろいろ大変だった。日本語忘れたし、お仕事はないし」
想像する。もし自分が同じ状況に置かれたら、どうだろう。
家族とさえも会話が通じず、習慣にも慣れない。誰も雇ってくれず、ただ過ぎていく日々。私には、耐えられないと思う。
「伊藤さんに会えてよかった。伊藤さんがいなかったら、仕事がないままだった」
「俺も、ちょうどその時、女子教育のために協力してくれる人を探していたからな。互いに都合の良い時に再会できて良かったよ」
「私、役に立ってる?」
「ああ、勿論。これからにも期待しているよ」
「嬉しい! 私、もっとたくさん勉強して、学校を作る。そしたら……」
あ、と声を出して、ウメちゃんは突然私を置いて走り出す。
同じく残された伊藤さんと目が合い、一緒に後を追った。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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