出会二①_続き、教えて
「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤上下の差別なく、……」
「天は、人の上に人を造らず、人の下に人を造らず……」
少し読んでは、ウメちゃんに復唱してもらう。日本語のお勉強である。
話し相手になるだけでいいとは言われたものの、先生役を引き受けた以上、何かしらそれらしいことをしたほうがいいと考えたゆえの作業である。
語学力を向上させるには、やはり場数を踏まなければならないのだろう。だが、私の日本語が正しく綺麗かと言えばそうではない。
そこで思いついた。身近に綺麗な日本語があることを、私は知っている。
手に持った、和綴じの本を撫でる。温かみを感じさせる、ざらりとした質感。
この中には、綺麗な日本語が所狭しと並べられている。
使用人さんに頼んで用意してもらったこれは、もしやと思ったが、やはり中身は現代語ではない。ここは私の知る世界ではないのだと、まざまざと思い知らされる。
名を呼ばれ、顔を上げる。
どうしたの、と問うようなウメちゃんの視線に、何でもないと首を振る。
とりあえず、今はできることをするべきだ。これからのことは後から考えようと、本に目を落とす。
「ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり」
文字の雰囲気をもとに、昔読んだ現代語を記憶から引っ張り出して、なんとか言葉を紐解いてゆく。これでは、どちらが勉強をしているのかわからない。
「……ただ、学問を勤めて物事をよく知る者は、貴人となり富人となり……」
ウメちゃんは、時折うんうんと唸りながらも復唱する。
「この本は、日本語の勉強用にするには難しいかな。別の本を用意してもらおうか」
「ううん、私、これ好き。
人が平等じゃないのは、勉強が足りないから。みんな、男の子も女の子も、勉強するべき。気付けたのは、この本のおかげ」
ウメちゃんは、本に手を伸ばす。
「家に、同じのがあった。父上、これ好きだって。
でもね、書いた人は好きじゃないって言ってた。この本書いた人は、昔父上と一緒に仕事してたみたいだけど」
この本は、『学問のすゝめ』。
作者といえば、福沢諭吉。
冷たい汗が流れる。ウメちゃんのお父上は、ものすごい人なのではないか。
「でも、それは、父上がシットしてるだけだと思う。父上は、お仕事あまり上手くいってないから。人気になったその先生が羨ましいの、きっと」
くらくらする頭を押さえる。そうなんだ、と返した声は妙に掠れてしまった。ここは明治の時代なのだと、改めて実感する。
とにかく、この世界のことを、もう少し知らなければならないかもしれない。
「続き、教えて」
ウメちゃんの無邪気な催促に、気を取り直し本に目を落とす。が、紙に並ぶ私には馴染みのない文字に、うっと喉が詰まる。
ウメちゃんはそんな情けない私には気づかず、きらきらした目を向けてくる。
期待の眼差しは、プレッシャーでもあるが、嬉しくもある。少しでも、その期待に応えられるように。
なんとなく、もっと頑張れる気がした。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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