出会一⑤_結婚したくない
会話を切り上げて、自室へと向かう。
あのハーブティーは効果があったのか、程よい眠気が訪れている。
ひんやりとした廊下、ろうそくの淡い光。ろうそくのにおいは、バースデーケーキを思い出させる。
ケーキのろうそくを消したことなど、もう記憶にほとんどない。はるか昔、おばあちゃんから貰った、年の数のろうそくが刺されたホールケーキ。
電気を消した部屋で揺らめく炎を吹き消す特別感は、大人になった今はもう味わえないだろう。そもそも、年を重ねて嬉しい年齢でもない。
私は、この人生であと何度の誕生日を迎えるのだろう。少し、憂鬱な気分になった。
明るい未来は、全く想像できない。ただ一本に延びる道を進むだけの人生だ。
そういえば、とろうそくを見つめる。つい最近、自分の誕生日を迎えた気がする。
この世界に来る前は、何月だっただろう。私が掴めるのは、ぼやけて霞む記憶だけで曖昧すぎる。
「お姉ちゃん?」
暗がりからの声に、足を止める。遠くへ飛んでいた思考が、元に戻った。
見れば、ウメちゃんが部屋の扉から、眠そうな顔をのぞかせている。
「起こしちゃったかな」
ウメちゃんは首を横に振って、じっと私を見た。
「眠れない?」
「さっきまでは。伊藤さんにハーブティーを貰ったから、もう大丈夫」
「I see.(そっか。) やっぱ、伊藤さんは優しい」
同意する。彼は、優しい。
「お姉ちゃん、一緒に寝よう」
開かれるウメちゃんの部屋の扉。暗い闇の中でも、温かさがある空間。
「私が眠るまで、話してくれたら嬉しい」
誘われるまま、おずおずとベッドに入る。
ぎしりと軋む音、ふわりと香る甘いにおい、じんわりと伝わる温もり。
「なんだか、わくわくしちゃうね」
暗闇の中で目を合わせ、小さな声で交わす会話。
ふわふわと夢心地で、世界から切り取られた二人だけの空間のように思う。
「お姉ちゃん、早く帰れたらいいね。お家の人も心配してると思う」
「……ううん、それは大丈夫。家には誰もいないから」
「そうなの?旦那様とか……」
「いないよ。結婚してないし」
この歳になると、周りの同級生たちは結婚ラッシュである。子どもがいる人も少なくない。
知り合いの結婚報告は、最初こそ新鮮で驚いたものの、何人ものそれを聞けば、またかと思うだけだ。
羨ましいと思うことはない。ただ、言いようもない焦りが、不快にじわじわと広がるだけ。
「私も、結婚してない。みんな、私のことおかしいって言う」
この世界は令和ではない。16歳で結婚していないことは、この世界では「普通」ではないのだ。
であれば、さらに歳を重ねた私が結婚していないことは、この世界では一層普通ではないはずだ。少し、怖くなった。
「お姉ちゃんは、結婚したいと思う?」
「特別結婚したいっていう気持ちは、ないかな」
誰かと家庭を持つ未来を考えても、どうもはっきりとしたイメージにならないのだ。
どちらかというと、したくない。その程度に思っている。
「私も、同じ。私も、結婚したくない」
どうして、という言葉を飲み込む。
自分が同じ質問を返されたとしても、明確に回答できないだろうから。
「でも、好きな人はいる」
窓から淡く差す月明かりが、その顔を映す。
少し照れたような、恥じらうような表情。それはまさに、恋する乙女のものだった。
「好きな人って、どんな人?」
「えっとね、とっても優しくて、頭が良くて、素敵な人。少し残念なところもあるけど……やっぱり好き」
その丸く黒い瞳の奥には、一人の人間が写っているのだろう。想いを寄せられている殿方は、幸せ者だ。
「お姉ちゃんは、好きな人いる?」
自分に話題を振られ面食らったが、悩むこともない。首を横に振る。
「そっか。これから、素敵な人に会える、きっと」
くすぐるように震える心臓。
暗い部屋で交わす恋バナは、浮かんで弾け、溶けてゆく。
こんな会話を交わせる相手が欲しかった。ずっと、こんな青春の思い出を作ってみたかった。
昔憧れていたことが、今、奇妙な形で叶っている。
とりとめのない話は、いつの間にか収束し、二人分の寝息に変わった。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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