帰還編二②_きみは今、幸せですか
「打合せの中でご指摘いただいた課題事項は、資料に反映します。議事録含めて、明日中に展開する予定です担当内報告のスケジュールは、ご都合の良い日に抑えていただければと思います。その他、宿題事項はありますか」
「いや、問題ないよ」
「承知しました。帰りの新幹線の時間は2時間後ですが、ここで解散させていただきます」
「……仮にも元恋人なんだから、食事くらいはどうかな」
「……お仕事のことでしたら承りますが、それ以外のことは私の意思も汲んでいただければと思います」
「ああ……わかったよ」
「それでは、お疲れ様でした。お気をつけて」
急ぎ足で駅へ向かいながら、溜め息をつく。
京都への出張が決まり、ひどく憂鬱だった。
たったの一日ではあるが、二人で仕事をすることを思うと、気が重かった。仕事に私情を挟んではいけないことは、重々承知だが。
こんな些細なことで、私の心は委縮し、逃げようとする。こんなことで、私はしっかりと生きていけるのだろうか。
強く生きていたいという理想とギャップ。弱気になりそうな心を叱責し、不快に騒ぐ胸を落ち着かせる。
大きく息をつき、振り切るように京都の町を進んだ。
観光客でにぎわう京都は、栄一さんと過ごした京都とは様変わりしている。一橋家のお屋敷もない。
その代わりに、銀行、電車、病院、新聞、学校。栄一さんが日本に土台を作ったものが、どこにでもある。
ふと、染物屋の看板が目に入る。覚えのある店の名前に、足が吸い寄せられた。
古くから続く老舗。ここは、栄一さんに連れられて入った、あの染物屋だった。
もちろん外装は変わっているが、染物は変わらない。胸の奥が、焼けつくような感覚がした。
時が流れても、変わらないものはある。そうであれば。
急かされるように走る。目的の場所がどこにあるのかなど、正確には分からない。それでも、私の足は止まらない。
辿り着いた、町の一角にある公園。足が、ぴたりと止まる。
公園の中心にある、大きな桜の木。
ここは、栄一さんと出会った場所。
つぼみをつけた枝に手を伸ばせば、突風が巻き上がる。思わず閉じた目を開けば、満開の桜の花が目の前にあった。
ひらひらと舞い落ちる桜の花。伸ばした手に落ちてくる、丁寧に折られた紙。角が擦り切れ、古ぼけた紙である。
紙を開けば、見慣れた美しい字が並んでいる。これは。
「手紙……?」
広げた手紙には、美しい文字が、彼の文字が、綴られていた。
遠い未来に生きる愛しい人へ
僕の人生は、そろそろ終盤になりました。
きみのことをしきりに思い出すので、このように筆を執りました。
元気に過ごしていますか。
きみが笑顔でいるなら、これ以上幸せなことはないです。
僕は、たくさん生きました。充分長く、この世界の変化を見届けたと思います。
そちらはどうなっていますか。
僕は、僕なりにできることをやってきましたが、それは結果になっているかな。きみの世界は、より良いものになっていますか。
きみの生きる世界が、どうか明るいものであることを願います。
きみは今、幸せですか。楽しく生きていますか。
きみに出会ったこと、きみと忘れられない時間を過ごしたこと。僕の人生の中でも最大の喜びでした。
それがあるから、ここまで生きてこれました。
僕の人生は、いろんなことがありました。
楽しいこともあれば、辛いこともたくさんありました。
きみの人生も、良いこと、悪いこと、たくさんあると思います。辛くて、消えてしまいたくなる時も、あるかもしれない。
そんなときは、逃げてもいい。
大丈夫、折れない心さえあれば、また前を向いて進んでいける。
きみには、人生を変えられるだけの力がある。きみなら、良い人生を歩んでいける。
きみなら、大丈夫。
僕は、いつでもきみを応援しています。
手紙が、桜の花弁となって散る。
指から、音もなく零れる花弁。ひとひら、またひとひらと、地面に落ちる。
視界が滲む。
顔を上げれば、先程まで満開だった桜は、つぼみに戻っていた。
周りを伺っても、何の変哲もなく、道行く人は誰もこちらに気を留めていない。
私の願望が見せた、幻覚かもしれない。しかし、それでもかまわない。
『きみなら、大丈夫』。 栄一さんの言葉が、蘇る。
これから生きてゆく中で、私はたくさんの困難に遭遇するだろう。弱い私は、またくじけそうになるだろう。
それでも、私は大丈夫だ。
頑張れる。例え、何があっても。
あなたとの記憶さえあれば。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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