↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/54

帰還編一④_あなたが作った日本の結果を

 夜空を見上げる。

 丸い月に、無数の星。静岡の地にいても、空は同じだ。


 そして、何百年経っても、同じものがある。


「眠れない?」


 栄一さんが隣に腰を下ろす。馴染んだ体温を感じたくて、その肩に頭を乗せた。


「僕も眠れないんだ。色々考えちゃって」


 二人で空を見上げる。瞬く星は、散りばめられた金平糖のようで。


「パリでみた景色を、覚えてますか」


 ホテルで肩を並べて眺めた夜景を、私は一生忘れないだろう。

 地面に落ちた星のような、ガス灯と家の灯り。それを見つめる瞳の輝き。


「栄一さんは、自分のやるべきことがわかったと、言っていましたね」


 パリで見た蒸気機関車、工場の機械、電話、学校、下水。今の日本にはない、様々なもの。


「それだけが、答えなんだと思います」


 栄一さんが、何をすべきか。何をしたいか。


「僕が、何をすべきか……」

「栄一さんなら、何でもできます」


 百姓の時も。武士になっても。そして、幕臣になっても。

 どこにいても、何者であっても、栄一さんは自身のすべきことを成し遂げた。あなたなら、できる。


「うん、そうだよね。僕は今まで、その時最善だと思うことを、ただやり続けてきた。これからも、それが変わることはないんだ。僕は僕のできることを、僕のやりたいことを、ただ追いかければいい。

 慶喜様も、平岡さんも、平九郎も、みんな日本のために頑張ってきたんだ。僕は、立ち止まってなんていられないんだ」


 先を進む勇気がある、あなただから。


「日本を良くしていく。それが、僕だけのものじゃない、僕たちの願いだから。

 これから何百年先の未来のためにも。きみの生きる、世界のために」


 どんな逆境でも前を向ける、あなただから。


「うん、決めた。僕、政府に入ることにする。

 僕は、僕の学んだことを日本のために役立てたい。役立てなきゃいけない。日本を、豊かな国にする。それが、僕の目指すところなんだ。

 どこまでできるかは、わからないけど……僕なりに、日本のために頑張るよ」


 栄一さんが商人として得たお金の知恵や知識、幕臣として得た外国の技術や仕組み。それらは全て、日本のためになるだろう。必ず、彼は日本を変えてゆく。

 彼の未来に想いを馳せる。楽しみだなと思う。


「私、栄一さんの作った世界で生きたい」


 自然と、口からそんな言葉が漏れた。


「あなたが作った日本の結果を、しっかりとこの目で見たい」


 それが、私のやりたいこと。すべきことだ。


 今まで目を背けていた世界。好きではなかった世界。

 しかし、私の世界は、栄一さんたちの努力が続き、作られたものである。この不便だが温かい世界は、私の生きる世界に繋がっている。

 それだけで、誇りを持って生きられる。


 不意に、ぐらりと視界が揺れる。この感覚は。


 そうか、と理解する。元の世界に戻る方法なんて、簡単だった。

 ただ、帰りたいと思えばよかったのだ。


「私も、やるべきことを見つけました。だから、栄一さんも」


 頑張って。その言葉は出なかった。

 私を苦しいほどに抱きしめる腕。その手は、震えている。


「待って」


 そんな声を出さないでほしい。揺らいでしまいそうになるから。


「ありがとう。僕、頑張るよ。未来が、きみの世界が、良いものになるように。きみが素敵な世界で生きられるように。僕の活躍が、嫌でも目に入るくらい、大きな成果を残して見せる」


 私は、幸せ者だ。こんな風に言ってもらえるのなら、生きようと、生きたいと思ってしまうではないか。

 非現実なように聞こえるその言葉でも、栄一さんなら現実にしてしまえる。栄一さんなら、絶対にできると断言できる。


「帰るんだね」


 帰る。元の世界へ。


「帰れるなら……よかった。結局、僕はきみのために何もできなかったね」


 首を振る。

 あなたは与えてくれた。私には大きすぎるほどのものを。


「私、初めて、頑張って生きてみようって思ったんです」


 嫌で嫌で消えてしまいたかった世界。今なら、なんとかなりそうな気がする。


「嬉しいよ、すごく。きみがそう思ってくれることは。でも」


 一層強くなる、私を抱きしめる腕の力。


「寂しい。本当は、行かないでほしい。ずっと一緒にいてほしい。僕の隣で、僕を応援してほしい」


 星空がぼやける。涙の中で瞬く輝きが、揺らいでは落ちる。


「私も、帰りたくない。でも、帰りたくて、帰らなきゃいけない」

「うん」


 栄一さんは、栄一さんの進むべき道を。私は、私の進むべき道を。


 道を分かつことが、不幸なことだとは思わない。

 なぜなら、この道の先は、こんなにも期待に満ちている。


「きみなら、帰ってもやっていけるよ」


 安心する。私はずっと、その言葉が欲しかったのかもしれない。


 日が昇る。一日が終わり、そして始まる。

 眩しく、直視できないほど輝かしい太陽が、空の色を塗り替えてゆく。


 ひらひらと舞い落ちる、季節外れの桜の花弁。顔を上げれば、息をのむほど美しい満開の桜があった。

 この世界に来て最初に見た、私たちが出会った時に見た、大きな桜。


 ゆく当てもなく、誘われるまま栄一さんの後ろを歩いたあの日。最初から、栄一さんは私の道しるべだった。

 あの日が昨日のようにも思うし、ひどく昔のようだとも思う。


 一橋家で過ごした日々、江戸への遠征、パリへの渡航。そして、出会った優しい人たち。

 この世界で生きることは大変ではあったが、それ以上に、全てが愛おしい。


 私は、この世界が好きだ。そして、未来にある私の世界も、きっと好きになる。

 あなたが作った世界を、好きになる。


 ありがとうございます。

 もう声は出ない。目も開かない。


 揺れる。落ちる。包み込む、抗えないほどの睡魔。


「行ってらっしゃい」


 朦朧とした意識の中で、ごつごつした手を握る。

 どうか、幸せに。


 最後に、涙が一つ、落ちた。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。

ゲームプレイ(無料)はプロフィール等からご確認ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。