パリ編二①_お金も見直す時が来る
行き交う人々。様々なパビリオン。鉄で造られた展示場は、あらゆる国を一つにまとめている。
「……すごい」
何も言葉が出ないのだろう。栄一さんは、目に入るものすべてを不思議そうに見ている。
機械のブースでは、医療機器や戦車など、様々な『最新』の機器が展示されている。巨大で轟音を鳴らして動くそれらは、私でも見入ってしまう。
「これは、蒸気で動いているのか。僕たちが乗った汽車が動いていたのと、同じ原理なんだね」
私よりも理解の早い栄一さんは、納得しながら一つ一つを眺めてゆく。少し悔しくなって、私も必死に頭を働かせる。
「いろんな国の美術品も、たくさんあるね。時間があれば全部見て回りたいけど、まずは仕事だね。日本の出展を見に行こう」
日本の展示場の近くも、大勢の人で賑わっていた。この時代では海外でなかなか見ることのできない東国の品々が、珍しいのだろう。
「幕府からは、浮世絵とか、美術品を出店してるんだ」
海外の写実的な絵と比べると、浮世絵は独特だと思う。日本の絵は、海外から見るとどのような評価なのだろうか。
「僕、やっぱり日本が好きだな。外国のものをたくさん見たけど、やっぱり日本が一番だ。
おかしいな、外国のものを見てたら、日本に帰りたくなってきたみたい」
その気持ちは、わかる。外国のものに触れれば触れるほど、故郷が恋しくなる。
ふと、和装の人が通り過ぎ、そちらを目で追う。見れば、別の場所にも日本らしきブースがある。
私の視線に気づいたのか、栄一さんはあれはね、と口を開いた。
「薩摩藩の出展だよ。幕府とは別に、一つの国として出しているらしい」
薩摩と幕府は仲が悪いのは知っていたが、ここまでとは。
「幕府のみんなは、もうカンカンに怒ってるよ。
日本の代表は幕府なのに、薩摩だけ独立して旗を立てるなんて、日本に背いているのと同じだってね。
本当に、その通りだよ。こんなことしたら、外国からどう思われるか」
日本が統治されていないと、知られることになる。
この幕府と薩摩のにらみ合いは、どんどんエスカレートし、いつか爆発する。
「でもまあ、今は気にしていても仕方がない。せっかくいろんな国の技術や芸術を見られるんだから、たくさん見て回ろう」
わざわざ、海外で日本内の争いはしなくても良い。
栄一さんと日本のブースを離れようとしたところで、周囲に人だかりができていることに気が付いた。
日本の展示品が人を集めているのかと思ったが、違うらしい。その視線は、私の着物に向いている。
なんと珍しい、美しい、そんな言葉が耳に入ってくる。目立つのが苦手な私にとっては、冷や汗ものである。
「本当にごめんね、僕が断り切れなかったせいで」
栄一さんが謝ることはない。
私が今日、この場に着物を着てきたのは、このためだ。
着物は目立つ。集客や日本の宣伝のために、着物を着ることを命じられた。
これは、立派な仕事なのである。
深く息をついて、周りの人だかりを目に移さないようにする。
なんてことはない、簡単な仕事である。
それらしく見えるように、軽く礼をして、その場で一回転する。袖とかんざしを揺らし、精一杯のアピールを。
回転を止めて顔を上げれば、先程よりも多くの人がいる。人が人を呼び、連鎖しているらしい。
視線の数に、さすがにひるみそうになった時、不意に腕を引かれた。
「こっちに」
戸惑いながらも、栄一さんに身を任せ、足を動かす。
会場を離れ、喧騒が、だんだんと遠くなる。前を進む栄一さんの顔は見えない。
「良かったんですか、あの場から離れて」
「きみは、もう充分過ぎるほど、目的を果たしたよ」
足を止めずに、栄一さんは言う。
その声に、少しの違和感がある。もしかすると。
「怒っていますか?」
尋ねれば、足が止まる。
そして、がばっと私の手を両手で掴んだ。
「怒ってないよ、ごめん。違うんだ」
しゅんと萎む背中を、ぽんぽんと叩く。
数秒経てば落ち着いたのか、栄一さんはぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「だって、きみがあんなにたくさんの人の注目を浴びちゃうんだもん。みんながにくぎ付けで、夢中だった。
嫌だった。きみが取られちゃいそうで、嫌だったんだ」
「…………」
「きみが好きなのは僕だし、僕が好きなのはきみで、きみと一番仲がいいのも僕なんだよ。
僕が、世界中の誰よりきみと近くにいるのに。僕だけが、きみの笑顔を向けられる存在でいいのに」
顔が、熱い。
「初めて気づいた。僕、独占欲が強いみたいだ」
真っ直ぐに向けられる熱い気持ち。胸が痛くて、少し恥ずかしくて、そして嬉しくて。
私からも気持ちを届けたいが、言葉にはできそうになかった。だから、その代わりにと、背伸びをして顔を寄せる。
「私は、栄一さんしか見ていません」
「……伝わったよ、充分」
いや、きっと伝わっていない。この胸にある気持ちは、ちょっとやそっとじゃ伝えきれるものではない。
気持ちは、簡単には伝わらない。だからこそ、伝えようと努力することが大事なのだと、今ならわかる。
「あの人だかりじゃ、戻りたくない。しばらく、展示場には戻らないでおこう」
同意をして、あてもなく歩き始めたところで、足元にきらりと光るコインが落ちており、足を止める。
「これは、お金かな。誰かが落としたんだね」
銀色の小さいコインには、人の横顔が書かれている。どこの国のものだろうか。
「日本を出て、気が付いたんだけど」
手のひらに乗せたコインをじっと見つめながら、栄一さんはつぶやいた。
「日本の場合は、小判とか、一分銀とか……俵型、四角、いろいろな形をしているでしょ。
でも、外国のお金って、全部丸いんだよね。
大きさや柄は違うけど、丸いってことは共通に見える」
言われてみれば、そうだ。丸い形以外のお金を、私は見たことがない。
「四角いお金はまとめやすいけど、使っているうちに角が削られていくっていう欠点がある。だから、丸いほうが合理的なのかな。
お金の形一つでさえ、違いがある。不思議だよね。日本のお金も、見直す時が来るのかもしれない」
私の知るお金が流通したのは、いつからなのだろう。様々な過程を経て、今の姿のお金がある。
そして。
栄一さんを見る。
この人が、一万円札の顔になる。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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