パリ編一③_わくわくするんだ
「この大きな箱は、一体」
「これは汽車です。人や物を、遠くまで運べるんです」
大きな汽笛を鳴らして、ゆっくりと発車する汽車。渋沢さんたちにとっては目新しく珍しいのだろうが、私にとっても珍しい。
パリへは、汽車に乗って移動する。一行は、ガタゴトと揺れる車内へ、おののきながら乗り込んだ。
「……すごい、すごいよ!ぐんぐん動いてる」
窓から顔を出しながら、渋沢さんは興奮した声を上げた。
「これだけの人数を一気に運べるなんて、日本の車……馬車とは大違いだ。これなら、たくさん商品を載せて、遠くの町に売りに行くこともできるよね」
今の日本では、移動手段はほぼ徒歩である。私たちが京都から江戸へ出たときも、あの距離を歩いて移動した。
「歩くよりずっと早いから、腐りやすいものも商売できるんじゃないかな。本当にすごいことだよ。これは、どんな仕組みで動いているんだろう」
「蒸気の力を使って動いているんです」
「本当?蒸気に、こんなに重いものを動かせるだけの力があるのか」
窓の外に目を向けながらも、渋沢さんは考え込んでいる。すぐには、理解することはできないかもしれない。
私自身、汽車が何故動いているのか、理屈では理解しているものの、納得しているかと問われればそうでもない部分がある。
「ねえ、見て!麦畑だ」
窓の外を伺えば、一面に広がる黄金色の麦畑があった。乾いた草の香りが、風に乗って車内に届く。
「……あれは」
渋沢さんの視線の先では、焼けた肌のおじさんが、畑の手入れをしている。
「……そっか、フランスにもお百姓さんはいるんだ」
その人が見えなくなるまで、渋沢さんは麦畑から目を離さなかった。
「人が多いね。江戸ほどではないけど」
パリに向かうまでの都市で、街の見学のために下車をした渋沢さんは、ここでも興奮を抑えることなく、辺りを見回していた。
現地の人に案内されながら、舗装された歩きやすい道を進む。
「全部、知らないものばかりだ」
石造りの建物、電柱に自動車。目を輝かせながら、あちこちに足を向ける渋沢さんに、思わず頬が緩む。
「何かあった?」
「いえ。なんだか、渋沢さんが生き生きしてると思って」
元々、好奇心の強い性格なのだろう。初めて見るものに対して、恐れがない。
「ここには、たくさん学ぶべきものがある。日本に取り入れることができれば、きっと大きな成長を遂げる。そう考えたら、すっごくわくわくするんだ」
カコンと下駄で石畳を踏み、渋沢さんはくるりと回る。日光に照らされた姿が、まぶしかった。
「日本は、これからどんどん成長するぞ」
軽やかに鳴る下駄の音。ふわりと翻る羽織。この地にミスマッチな下駄の音は、文明開化の音。
「ミスター渋沢。あちらをご覧ください」
案内役のお兄さんが、レンガの建物を指さす。
「ここは、織物を作っている工場です」
中を伺えば、巨大な機械が大きな音を立てており、たくさんの従業員がいた。
「ここでは、何人が働いているんですか」
「7000人はいます」
「そんなにたくさん?その人数を、どうやってまとめてるんだ?
……でも。確かに。同じ仕事をする人を集めれば、作業効率は格段に上がる。汽車があるから、完成した商品もあらゆる場所に出荷できる。合理的だ」
「まだまだ、お見せしたいところがあります。こちらへどうぞ」
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
ゲームプレイ(無料)はプロフィール等からご確認ください。




