↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/54

江戸編三⑤_納得できる答えを見つけて

「船から落ちたって言うから、びっくりしたよ」


 先に宿に戻った私を迎えた平九郎くんは、ずぶ濡れの私を見て大層驚いた様子を見せた。

 だが、私が溺れかけたことは、もう耳に入っているらしい。

 十中八九、それを伝えたのは渋沢さんだろう。申し訳なさに、言葉を返すことができない。


「怪我はないんだよね。無事でよかった」


 平九郎くんも、渋沢さんも、どうも優しすぎる。

 この場から逃げ出したくなる感覚は、何だろうか。どことなく、目が合わせられない。


 これほど私の身を案じてくれる人は、元の世界にいただろうか。様々な顔が頭に浮かぶが、思い当たる人物はただ一人。

 いつも私のそばにいて、私を大事にしてくれていた祖母。おばあちゃんは、いつでも私の絶対的な味方だった。


 会いたい。その慈愛に満ちた声で、もう一度名前を呼んでほしい。


「お姉さん」


 声をかけられて、過去に飛んでいた意識が戻る。


「何かあった?」


 そんなに顔に出ていただろうか。何かあったことは間違いない。

 きみのこと、好きだから。渋沢さんの声が脳裏によみがえり、顔を覆う。


「どうしたら良いのか、わからないんです」


 ぽつりぽつりと、船上での出来事を語る。渋沢さんが、私を好きだと言ってくれたことを。

 平九郎くんからすれば、こんな話を聞かされても困るだけかもしれない。しかし、口からは言葉が零れ落ちてゆく。


「そっか。栄一兄さん、想いを伝えたんだね。

 お姉さんが困っているのは、どうしてかな」


 彼のことは嫌いではない。だからこそ、参っているのだ。

 覆い隠すのが困難なほどの、嬉しいという気持ち。

 それでも。


「私は、ずっと渋沢さんの側にいられる約束はできません」


 だから、望んではいけない。


「え、お姉さんはどこかに行っちゃうの?」


 いずれ別れるのであれば、好きになどならないほうが良かった。分かっていたはずなのに。


「そう、これから一緒にいられないなら、辛くなるもんね。気軽に気持ちに応えられないのも、理解したよ」


 渋沢さんも、それをわかっている。だから彼は返事はいらないと言ったのだ。今は、気を遣わせることすら辛い。


「お姉さんは、優しいね。そうやって悩むのは、栄一兄さんを大事にしてるからだもん。

 兄さんを、傷つけたくないんでしょう」

「…………」

「受け入れるのも、拒否するのも、きみの自由。お姉さんが納得できる答えを見つけて。お姉さんの気持ちを、一番大事にしてほしいんだ」


 誰か、こうすべきだと進むべき道を示してほしい。私は、私の気持ちが分からない。


「焦って答えを見つけようとしなくていいよ」


 あやすような響きの声に、さざ波だっていた胸が、静まってゆく。


「僕の個人的な意見としては、栄一兄さんじゃなくて僕を選んで、僕のお嫁さんになってくれたら嬉しいけどね」


 冗談めかした言葉に、自然と笑みがこぼれる。平九郎くんは、場を和ませることが本当に上手い。


「どんな道を選ぶとしても。僕は、お姉さんの幸せを祈ってるよ」


 じわりと、胸が熱くなる感覚。

 進みべき道は見えない。まだ心は揺れている。それでも、心のモヤは少し晴れたような気がする。


 今はまだ、うだうだしていられない。まだ、与えられた仕事があるのだから。


「お待たせ、戻ったよ」


 軽快な足音と共に、渋沢さんが走り寄る。船員さんたちと込み入った話があったようだが、それは終わったらしい。


「漁師さんたちが、この村の人に声をかけて、一橋家の家臣になってくれる人を探してくれるって」


 花が咲く笑顔とは、このことを言うのだろう。


「よかったね。この調子で、どんどん仲間を集めていこう」


 渋沢さんは、どんどん前へ進む。今はまだ、その背中を追いかけることしかできない。


本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。

ゲームプレイ(無料)はプロフィール等からご確認ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。