江戸編二③_どんどんかかってきて
「向かってるのは、道場なんだよね」
「うん、そこに剣術とか学問を教えてる人がいて、腕っ節の強い人達も集まってるらしい。江戸にいる友達に教えてもらったんだ。あそこなら、日本のために何かをしたいっていう人たちが、たくさんいるはずだよ」
平九郎くんの指さす先には、こじんまりとした屋敷がある。
「……上手くいくかな」
渋沢さんは、珍しく少し弱気らしい。
昨夜、これからどうするか三人で話し合ったが、平九郎くんの案に対して、渋沢さんは手放しで肯定しなかった。
しかし、私にはいいものに思えた。
きっと大丈夫。そんな気がする。
「うだうだ考えていても、仕方ない。とにかく、やろう」
おはようございますと門をくぐる平九郎くんに続いて、足を踏み入れる。
庭では、若い男の人たちが刀を振りかぶっている。汗を飛ばして声を張り上げているその姿は、現代の部活動を思い出させた。
「こんにちは」
声をかければ、騒がしかった周囲が途端に静まる。臆せずに、渋沢さんは堂々と彼らのもとへ進んでゆく。
「少し、見学させていただいても?」
周囲の人は、戸惑ったような様子ではあったが、断ることもなくまた剣の練習に戻る。
最初はこちらを気にしていた人たちも、数分後には元通りに、大きなかけ声とともに刀を振るっていた。
「思い出すね。僕たちもああやって、がむしゃらに剣の練習をしてたこと」
「うん。ちょっと前のことなのに、随分昔のことみたいだ」
その顔は柔らかく、昨日までの険しい色はない。
大きな歩幅で、渋沢さんは男たちのほうへ向かう。その背中は、大きい。
「僕と、手合わせしませんか」
一人の男に話しかければ、その人は訝しげな顔をしたものの、竹光を渋沢さんに手渡した。
構えて向かい合う二人。周囲の人も気になるのか、手を止めて彼らを見つめている。
砂利を踏む音と共に、どちらからともなく刀が振り下ろされ、竹光のぶつかる高い音が鳴った。
本物の刀ではないからだろうか。剣道の試合を見ているようで、思わず心臓が高鳴った。
「うん、いい腕だね。でも……」
私の隣で彼らを眺めていた平九郎くんは、どこか得意げに笑った。
「栄一兄さんには勝てないよ」
カン、と地面に落ちる竹光。
一瞬、誰もが息をのんで、時が止まった。
「ありがとう、楽しかったよ」
相手の男は、信じられないといったような顔で、落ちた刀を見つめる。油断もあったのだろうが、実力差は素人目から見ても明らかだった。
「……なかなかの腕前でいらっしゃいますね」
「あなたこそ。先程の試合、とてもいい経験になりました」
静まる周囲の空気を破って、一人の男が俺とも勝負してください、と渋沢さんに刀を向ける。笑って、渋沢さんは刀を交えた。
渋沢さんは強い。またしても、勝負はすぐについた。
「踏み込みが甘い。思い切って右足を踏ん張って」
誰からともなく次々に上がる、賞賛の声。それはどんどんと広がり、やがて渋沢さんは周りの男たちに囲まれる。
調子が出てきたのか、渋沢さんは得意げに刀を構えた。
「僕と勝負したい人は、どんどんかかってきて」
その言葉に、周りはさらに沸き立つ。
「作戦は、もう成功したようなもんだね」
試合を見ながら、頷く。
「栄一兄さん、楽しそう。やっぱり兄さんは、こうでなくっちゃ」
今思えば、江戸に来てから、渋沢さんは少し力みすぎていたのかもしれない。
大きい仕事を任された重圧や、うまくいかない苛立ちなどもあっただろうから、当然のことかもしれない。
刀を振りかぶる渋沢さんの表情は、とても生き生きとしている。
人懐っこさを隠さない、花が咲くような笑顔。この素顔が、人を惹きつける。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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