京都編五③_幸せそうな顔をしてるね
「もうすぐ着きそう。あの角を曲がったところにあるよ」
人でにぎわう京の街。街中に出るのは、この世界に来た時以来である。
飛び交う声。砂を踏む下駄の音。全てが新鮮である。
今日は、買い出しを兼ねて、いずみ屋さんへ連れて行ってもらえることになった。
私の髪色は目立つとのことで、薄手の着物をかぶっている。それはそれで目立つのだが、髪を見られるよりはずっといい。
行き交う人たちは商人が多く、武士のような人は見かけない。武士は、前を歩く渋沢さんだけ。
渋沢さんの腰にある刀に気づいた人は、ぎょっとして道を開けてゆく。武士とはそういうものなのだと、じわじわと実感した。
それでも、渋沢さんは気にしたそぶりを見せない。これも、この世界での『普通』なのかもしれない。なんとなく、胸が詰まる感覚がして、かぶった着物をきつく掴んだ。
「あった、ここだよ」
視線の先にあるのは、二階建ての店である。どうやら、料理茶屋らしい。
店に入れば、長い黒髪の女の子が、元気よく出迎えてくれる。
ふわりと漂う甘い香り。温かみのある空気。
店内の壁には、絵画がずらりと飾られており、思わず目を奪われる。居心地のいい場所だと、全身で感じた。
「ここの甘味、すっごく美味しいんだよ」
頼んだお抹茶と松風が、目の前に置かれる。松風を口に入れれば、上品な見た目に負けない、優しい甘さが広がった。
「美味しい」
思わずつぶやけば、渋沢さんは目を細めた。
「幸せそうな顔をしてるね」
そうかな、と疑問に思ったが、確かに自分の口角は上がっている。
ふと、昔のことを思い出した。小学生の頃、おばあちゃんに近所の和菓子屋さんへよく連れて行ってもらっていたことを。
貴重な甘味を噛み締めていると、店の少女が牡丹餅が出来立てだが追加でどうかと、声をかけてくる。私が口を開く前に、渋沢さんはよろしくと答えた。
「いいんですか」
「せっかくだからね」
女の子は、にっこりとその顔に花を咲かせる。さらりと舞う長い黒髪が美しい。
そういえば、と思う。ここの店員さんは、街ですれ違う人たちのように、武士である渋沢さんを避けない。温かく、他の人と同じように接してくれている。
じわっと胸が温かくなる。きっと、こういう人たちがいてくれるから、救われる人がいるのだ。
すべて美味しくお腹に収め、おしとやかで優しそうな店員さんに、会計をお願いする。
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした。持ち帰り用に、松風を二つ包んでもらえますか?」
誰へのものだろうと視線を向ければ、渋沢さんは小さく笑った。
「まだ時間はたくさんあるし、藍染めの奥さんのところに行かない?まだ、きちんとお礼できてなかったからね」
ぱっと、優しい奥様の顔が頭に浮かぶ。
身に纏った藍染めの着物を広げ、その笑顔を反芻した。かくまってもらったり、着物をもらったりと、本当にお世話になった。
「私も、お礼を言いたいです」
命の危険が隣り合わせであるこの世界で触れた、あの優しさは、私にとって力になっていると思う。
この世界についての理解が深まれば深まるほど、彼女の優しさへの感謝が膨らんでゆく。また会いたいと、心から思った。
「よし、それじゃあ行こう」
包んでもらった松風から、優しく甘い匂いがした。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
ゲームプレイ(無料)はプロフィール等からご確認ください。




