京都編五②_羽ばたかせて見せよ
長いような、短いような移動が終わり、そっと息をつく。
馬が足を止めたのは、高い木が並ぶ林の中。ここが、目的の場所らしい。
「乗馬は初めてだったのだろう。体は問題ないかい」
例の気品のある男が傍に寄り、顔を覗き込む。
じっと、何を考えているのか分からない瞳が、私を映した。
「顔が赤いね」
思わず、顔を覆う。まだ赤みが引いていなかったのか。
何も良い言い訳が思いつかず、ただ俯けば、男は小さく笑った。
「ふむ。これは、青い春というものかな」
かっと、さらに顔に熱が発生する。否定したいが、この顔では説得力はないだろう。
黙った私に笑みを浮かべ、彼は弓の準備を始めた。
「何の話をしていたの?」
馬をつないで戻ってきた渋沢さんが、聞いてほしくないことを尋ねる。曖昧に笑って誤魔化せば、渋沢さんは何とも言えない顔をする。
「……随分、気に入られてるみたいだね」
私としては、可愛がられているというより、からかわれているような気がするのだが。
ただ、気にかけてもらえているとは感じる。
「それにしても、があの方と親しいとは思わなかったよ。いつから関りがあったの?」
ここにきて割とすぐだったと思うが。
「渋沢さん、あの人は」
一体何者なのか。
尋ねようとしたところで、件の男が大きな弓を持って戻ってきた。
「弓を触るのは、久々だね」
軽やかに弓が構えられる。その姿は、物語の人物のように、どことなく幻想的である。
矢先のほうを見れば、遠くの木の上に、白い鳥が留まっているのが見えた。もしかすると、あれを狙っているのだろうか。
しなやかな指が、弓矢を引く。鳥のいるほうへと向けられる、鋭い矢先。
ひゅっと、空気を割く音。放たれた矢の衝撃が、彼の結わえられていた髪を解く。
ガサっと木が揺れる音と、鳥の騒ぐ声。思わず目をつむった。
音が静まり、恐る恐る目を開ける。地面に撃ち抜かれた何かが転がっているといったような、恐れていたことはなく。
その代わりに、頭上から白い羽が一枚、ひらひらと落ちてきていた。
「……当たって、ないですよね」
「うむ。約束したからね」
内心、大きく息をつく。普段から鶏肉は美味しくいただいているとはいえ、目の前で命が散る姿は、見たいものではない。
白い指で捕まえられた羽が、目の前に差し出される。反射的に受け取ると、それにはまだ温かさが残っているような気がした。
日光を受けて、きらりと輝く羽。受け取ってしまってよいものか分からず動けずにいると、その端正な顔が近くに寄せられる。そして、耳元で囁くような声で名を呼ばれた。
「私に羽根はない。とうの昔に腐れ落ちてしまった。
しかし、そなたには美しい羽根がある。大きく、立派な羽根が」
「羽根……?」
「今は見えずとも、確かにある。いつでも広げ、羽ばたかせることができよう」
どういう意味だろう。戸惑う私を置き去りにし、男は渋沢さんのほうへ向き直った。
「渋沢、お主も同様だね。お主の羽根は、稀に見る力強さがある。それは、お主をどこにでも運んでくれよう。これから、それを自由に羽ばたかせて見せよ」
この人の言葉が何を意味しているのか、私にはよくわからなかった。渋沢さんも、同じだろう。
だが、私たちを応援し、期待してくれているのだと思う。
羽根を握り締める。温かさが、まだここに残っている気がした。
「そろそろ、屋敷に戻らなくてはならないね。家臣が騒ぐ前に」
長い髪を揺らし、男は薄く微笑む。
「円四郎は、もう帰っているだろうか。髪を、円四郎に結ってもらわねばならぬ」
円四郎というのは平岡さんの名だ。
平岡さんの仕事は幅広いらしい。いつも忙しそうにしているが、彼の仕事の詳細は未だに分からない。
「さあ、帰ろう。手を貸して」
馬の上から、渋沢さんが手を伸ばす。忘れていたが、当然、帰りも馬に乗るのだった。
伸ばされた手を掴み、馬に乗る。腰に手を回せば、青い春、という男の言葉が頭をよぎり、かっと頭熱くなった。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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