京都編三④_はぐれ者同士だね
「いつもご馳走してもらって、本当にすみません」
「ううん。このお出汁は貰いものなんだけど、京都のおうどんって、すごく出汁がきいてるよね。僕の故郷のとは違うけど、これもとっても美味しいね」
狭い小屋に漂う出汁の香り。
透き通った黄金色のつゆは東京にはないもので、同じうどんといえど、全くの別物である。食べ慣れているいつものうどんも美味しいが、確かに、京都のものは非常においしい。
「きみは、おうどん好き?」
「はい、好きです」
この世界でも、私の生きた世界と同じものがある。優しいお出汁の味は、美味しい以上に心の支えとなる。
「最近、煮ぼうと食べてないな。きみは、食べたことあるかな」
聞きなれない単語に、首をかしげる。
「僕の故郷では、よく食べられてたんだけど。太い麺と野菜を煮込んだものなんだ。あれ、大好物だったんだよね」
美味しそうに食べながらも、その目は懐かしそうに、少し寂しい色をしている。その瞳は、はるか遠くの故郷を映しているのだろう。
この世界では、簡単に実家に帰ったり、家族と連絡を取り合ったりはできない。そのことを思い出し、箸を持つ手を止める。
「ご家族の方も、一橋家に仕えているんですか?」
「いや、僕だけだよ。うちは、農家だから」
てっきり、渋沢さんの家は武士の家だと、思い込んでいた。
商人の子は商人に。武士の子は武士に。ここは、そういう世界ではないのか。
「お偉い様は苦手だったし、武士になるつもりはなかったんだけど。平岡さんに拾ってもらったときに、なりゆきでね。
だから僕は、武士になりたてってこと」
なんとなく、納得できる気がした。
渋沢さんは、屋敷にいる人たちとは、雰囲気が違う。武士らしくないと言えば失礼かもしれないが、親しみやすさがあるとも言える。
「でも、今はよかったと思ってる。ここにいれば、国を良くする機会があるはずだから」
人生は、どこでどのように分岐するか分からない。それが正解の道かどうかなど、進んでみないとわからないものなのかもしれない。
「今の時期なら、藍が大きく伸びてるだろうな。そんなに昔のことじゃないのに、なんか懐かしいな」
「…………」
「僕には、帰る家がない」
はぐれ者同士だね。私たちが出会ったとき、渋沢さんが言っていた言葉だ。
そうだ。同じである。私には、帰る家がない。
この世界に来てから、ではない。それは、ずっと前から。
家族の反対を押し切って、家を飛び出して。頼れるものなどなく、私はただ一人で。
なんだ、元の世界でも、今と変わらないではないか。そう気づけば、無理に帰ろうとしなくても良いのではないかと思えた。
どうあがいたって、この現実という水中から抜け出すことなどできない。
渋沢さんは、何故家を出たのだろう。口に出せない疑問を、うどんのつゆと共に飲み込む。
やがてその疑問は、連鎖して自分へと向かう。
私は、どうして家を飛び出したのだろう。
思い出せない。自分のことなのに。それほど昔のことでもないのに。
欠けた記憶。ずきりと痛む頭。
私はどこまで覚えていて、どこまで忘れているのだろう。
「僕なりに、いろいろ調べたりしてみたんだけど」
渋沢さんの声に、意識が現実へと戻ってくる。
数秒してから、元の世界に帰る方法について言っているのだと気づいた。
「なかなか、情報が見つからないね。同じような状況になった人の話は、どこにもない」
このようなタイムトリップを実体験した人は、そういないだろう。むしろ、頻繁に起こってもらっては困る。
「でも、まだ調べ始めたばかりだし。きっと、帰る方法はあるはずだよ。向こうからこっちに来れたんだから、こっちから向こうへ行くこともできる。片道だけなんて理不尽なこと、ないはずだから」
たとえそれが希望的観測だったとしても、私もそう思いたい。
うどんのつゆを口に含む。香り高いかつおのかおりが、体に満ちた。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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