京都編三①_戦わなきゃ
ふわりと、浮上する意識。重い瞼をこする。
見れば、隣の布団は畳まれている。寝坊したかと、一気に目が覚めた。
やあ、とう、と外から聞こえる声。ふと、汗を流しながら部活動をする男子を眺めた学生時代が目に浮かんだ。
そっと外を覗く。掛け声が、よりはっきりと耳に届いてきた。
声をかける前に、渋沢さんはこちらに気づき、笑顔を向ける。
「おはよう」
渋沢さんの手には、刀が握られている。やはり、何度見ても慣れない。
「刀のお稽古ですか」
「うん、いつ戦うことになるかわからないからね」
渋沢さんの稽古は、健康のためでも、剣道の試合のためでもない。人を斬るための稽古だ。
「遠くない未来、出陣することになると思う。国の中の戦いも、いずれ外国との戦いも……」
この世界では、斬られる前に斬るのが、生きる術。自分の身は、自分の身で守らなければならない世界。
「きみも、やってみる?」
刀を熱心に見つめすぎたのか、渋沢さんは刀をこちらに差し出す。もちろん受け取るなんてことはできず、思わず一歩後ろへ下がった。
「怖がらなくて大丈夫。これは、竹光だから」
「竹光……?」
「偽物ってこと」
おずおずと、刀を受け取る。真剣ではないだけあって、片手で持てるほど軽い。
だが、私の手には全く馴染まない。
「まずは、構えてみようか。 足を開いて。そう、肩幅に。
きみは右利きだよね。右手を上にして……」
言われるがまま、ポーズをとる。
だが、やはりどこか違うようで、渋沢さんは少し唸ってこちらへ寄った。
「ちょっとごめんね」
竹光を握る手に、大きな手が重なる。
「切先はもう少し上。肩の力を抜いて」
渋沢さんの手はざらついていて、荒れているなと思った。
近くなった顔を盗み見る。丸く黒い瞳に、下向きの睫毛。一点のくすみもない目だ。
「うん、そんな感じ」
添えられていた手が離れる。そっと、視線を刀に戻した。
「よし、それじゃあ振ってみようか」
目の前の何かを斬り捨てるように、大きく振りかぶった。
それからしばらくして。
想定より長い時間、刀を振っていたらしい。気づけば、朝の準備の時間がほとんどなくなってしまっていた。朝食をゆっくり作る暇もない。
「失敗しちゃった」
お米を炊いていた渋沢さんがその手に持っているのは、焦げ付いた飯盒である。お焦げと言うには苦そうなごはんが出来上がってしまっている。
今まで、渋沢さんはどうやって生活していたのだろう。
「こっちは私に任せてもらえますか」
この世界では私も料理初心者となってしまっているが、渋沢さんに任せるよりはまだましである。
「いいの?」
「お世話になっているので、できることは。
渋沢さん、料理は得意じゃないんですね」
「うん、これまで全然料理をしたことがなかったから。でも、これから上手になる可能性はあるよ」
今時全く料理をしないということがあるのかと疑問に思ったが、今が『今時』ではないと気づき、首を振る。
「なんでも分担してやっていくことにしようか」
慣れない炊事場で格闘すること数十分、ごはんに芋の煮物、味噌汁といった簡素な朝食ができた。湯気が立つそれは、どこか懐かしさを感じる香りをしている。
向かい合い食事をとりながら、息をつく。どんなに忙しい朝でも、食事の時は気持ちが落ち着くものだ。
「刀の扱い方、たくさん教えてくださってありがとうございました」
「ううん」
スポーツはあまり得意ではないが、良かったと思う。体の節々が少し痛いが、気分が晴れたように感じるからだ。やはり、体を動かすことは、気分転換の一番の方法らしい。
渋沢さんは芋の煮物を口に運びながら、楽しそうにその目を細めた。
「結構いい線いってると思うよ。きみは女の子だから、実戦する機会はないと思うけどね」
できれば一生、その機会は訪れないで欲しい。浪人に突きつけられた刀を思い出し、身体が震えた。
「渋沢さんは……人を斬ったことが、あるんですか」
「ないよ、まだ」
安心したような、そうでもないような。
「斬りたいと思ってるわけじゃないけど、そうせざるを得ない時が来る。譲れないものがあるときは、戦わなきゃ」
私には、頷けない。人を斬るなど、恐ろしくて考えることもできない。
ひしひしと感じる。住む世界が違うのだと。
黙々と、薄味の味噌汁を口に運んだ。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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