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いじめられっ子の俺に、魔界No.1暗殺者が家庭教師としてやってきた ~報酬はプリン。ただし俺は、先生の正体をまだ知らない~  作者: 燈野いさり
第1章 家庭教師、来る

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第8話 氷渡家

「――で、その転校生に『よろしくする気はない』と言われた、と」


 その夜、僕の部屋の窓枠に腰かけたヴィムは、報告を聞き終えると、珍しくプリンに手をつけないまま黙った。


「名前は」


「氷渡セツナさん、です」


「氷渡ォ?」


 ヴィムは天井を仰いで、心底面倒くさそうな声を出した。


「よりにもよって、一番手があそこかよ」


「し、知ってるんですか」


「魔界十三家が一つ、氷渡家。氷結の術じゃ十三家最強。ついでに言うと、頭のかたさと仕事の丁寧さでも最強だ。あの家の連中は、決めた獲物は絶対に逃がさねえ」


 獲物。


 その単語が僕を指していることに気づくまで、数秒かかった。


「え、じゃあ、あの人が僕を……こ、殺しに?」


「まだわからん。だが十中八九、目的はお前の刻印だ」


 ヴィムは僕の右手を顎で示した。


「言ったろ、お前は先月から『椅子』になった。当主不在の家の刻印は、他家の後継者が奪える。奪えば真昼家の席と財産と権利は丸ごと氷渡のもんだ」


「せ、席って、奪われたらうちはどうなるんですか」


「消える。家ごと」


 あっさりと、ヴィムは言った。


「潜伏の資格を失った家は魔界に強制送還だ。お前も、お前の母さんもな。……人間界のパート主婦が魔界で暮らせると思うか?」


 母さんの、台所に立つ背中を思い出した。


 十年間、心の準備をして待っていた人。あの人の日常が、僕の手の甲の紋様ひとつにぶら下がっている。


「……なんで、そんな大事なこと、僕が決められる立場に」


「生まれってのはそういうもんだ。理不尽だよな」


 ヴィムは否定しなかった。慰めもしなかった。ただ事実だけを置いて、それからようやくプリンの蓋を開けた。


「まあ、慌てるな。氷渡はルールに忠実な家だ。闇討ちはしてこねえ。仕掛けてくる時は、必ず正式な手順を踏む」


「正式な、手順?」


「そのうち嫌でもわかる。それより坊ちゃん、今日の観察の宿題は?」


「あ……はい。ええと」


 僕はノートを開いた。ヴィム流教育の新しい宿題は「一日一人、誰かをよく見て気づいたことを書く」だった。今日の観察対象は、成り行き上、氷渡セツナになった。


「彼女、完璧すぎるんです」


「ほう」


「英語も数学も運動も完璧で、誰にでも笑顔で……でも、変なんです。休み時間、女子の輪の中心にいるのに、自分の話を一回もしてない。全部、聞き役と相槌で回してる。あと」


 僕はノートの端の走り書きを読んだ。


「笑う時、目が先に笑って、口が後から笑います。普通、逆だと思う。あれはたぶん……鏡の前で、練習した順番です」


 部屋が、静かになった。


 顔を上げると、ヴィムがスプーンをくわえたまま、まじまじと僕を見ていた。


「な、なんですか」


「……いや。やっぱりお前、そっちの才能は化け物だわ」


「褒められてる気がしない!」


「褒めてんだよ。――で、坊ちゃん。その観察が正しいなら、答えはもう出てるだろ」


 ヴィムはスプーンで僕のノートを指した。


「笑顔を練習で作る奴ってのは、どういう奴だ?」


「……笑顔を、作らなきゃいけない環境で育った、人」


「そういうことだ」


 ヴィムは窓の外の夜空を見た。北の空を、値踏みするように。


「氷渡の刺客は完璧だ。完璧に礼儀正しく、完璧に容赦がない。……ただな、坊ちゃん。完璧ってのは、そう『在る』んじゃねえ。そう『させられてる』んだ」


 その横顔が、ほんの一瞬だけ、遠くを見た気がした。


「覚えとけ。お前がこれから戦う相手は、怪物じゃねえ。――お前と同い年の、家の道具にされてる子供だ」


 翌日。


 下駄箱を開けると、僕の靴の上に、一枚のカードが置かれていた。


 半透明の、薄い氷でできたカードだった。触れても冷たいのに、溶けない。表面には、見たことのない紋章と、流れるような達筆でこう彫られていた。


『放課後、屋上にて。 ――氷渡』


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