↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いじめられっ子の俺に、魔界No.1暗殺者が家庭教師としてやってきた ~報酬はプリン。ただし俺は、先生の正体をまだ知らない~  作者: 燈野いさり
第1章 家庭教師、来る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/60

第52話 十年ぶんの稽古

「――シグレ」


 セツナの声だった。


 彼女は、氷の壁を全部下ろして、闘技場の中央に歩いてきた。


「重いなら寄越せ、って、あなた、言ったわね」


「……言ったよ」


「一回も、言ってくれなかったじゃない」


 シグレの肩が、跳ねた。


「十年、稽古したわ。週に三回、この闘技場で。あなたと、二人で」


 セツナは、闘技場の氷を見た。


「わたし、あの時間だけが好きだったの」


「……は?」


「屋敷の中で、わたしを『セツナ様』じゃなく呼ぶのは、あなただけだった。負けても『もう一回』って言うのも、あなただけ。……分家の子が本家の娘に十年勝てなくて、それでも毎週来るなんて、普通じゃないわ」


 彼女の声が、少しだけ揺れた。


「わたし、あれを、友達だと思ってたのよ」


 シグレの刃が、音を立てて、氷の床に落ちた。


「……ずるい」


 彼は、その場にしゃがみ込んだ。


「なんだよ、それ。今更、そんな……ずるいだろ」


「ずるいのは、あなたよ」


 セツナは、彼の前に立った。


「不良品なんて呼んで。……ねえ、シグレ。あの言葉、誰から借りたの」


 シグレは、答えなかった。


 答えられなかったんだと思う。


 僕は、観覧席のザクロを見た。


 石みたいな男は、微動だにせず、闘技場を見下ろしていた。


   ◇


「――でも」


 しゃがみ込んだまま、シグレが言った。


「でも、勝負は、まだ終わってない」


 彼は、落とした刃を拾って、立ち上がった。


 目は真っ赤で、鼻の頭も赤くて、それでも彼は構えた。


「話は終わり。俺は勝つ。……そうしないと、俺、一生、姉さんの隣に立てない」


「シグレ」


「姉さんこそ、手加減したら怒るからな!」


 その啖呵が、あんまり子供っぽくて、僕は少し笑ってしまった。


 笑ったら、鎖骨の下が痛んだ。


「――氷渡さん」


「なに」


「一つ、頼んでいいですか」


 僕は、闘技場の氷を見た。


 血だまりが、点々と、僕の歩いた跡を描いていた。歩数にして、たぶん十歩。四メートル進むのに、十歩かかった。


「あと三メートル、詰めます。……その三メートルだけ、僕にください」


 セツナが、僕を見た。


 彼女は、僕の血だらけの体を、上から下まで見て、それから――笑った。


 あの、居間で見せるほうの顔で。


「わかったわ。……でも条件がある」


「なんですか」


「死んだら、許さない」


「はい」


「餃子、三時間かけて包んだのよ。冷凍してあるの」


「……食べます。絶対」


 セツナが、退がった。


 闘技場の中央に、僕とシグレだけが残った。


 シグレが、へらへらと笑った。今度は、悪意のない笑い方だった。


「……いいの? 姉さん下がらせて。あんた、もう立ってるのがやっとでしょ」


「はい」


「三メートル入ったら、俺の間合いだけど」


「知ってます」


「死ぬよ?」


「殺す気なら」


 僕は、もう一度、同じことを言った。


「――二本目で殺してますよね」


 シグレの笑いが、止まった。


 それから、彼は、目元を乱暴に拭って、構え直した。


「――上等」


 鈴が鳴らなくても、僕たちは動いた。


 僕は、一歩。


 シグレの刃が、右の肩を裂いた。


 二歩。


 左の腕。


 三歩。


 脇腹。


 僕は、歩き続けた。


 二錠目が、頭の奥で、じん、と鳴っていた。


 ――見えない。読めない。シグレの魔力は、手元でいきなり弾ける。


 なら、と僕は思った。


 道筋が読めないなら。


 ――弾ける場所そのものを、見ればいい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。