第50話 一人で立つ
「客将は、いりません」
決勝の開始前、シグレは闘技場の中央でそう言った。
ザクロが、眉を寄せた。
「相手は二人だ」
「知ってる」
「シグレ」
「父さん」
シグレは、羽織の紐を締め直した。
「俺が客将を連れたら、この勝負、『分家が本家に人数で勝った』になる。……それ、俺が一番嫌なやつだから」
観覧席が、ざわめいた。
好意的なざわめきだった。四十二の分家が、初めてこの少年を、真っ直ぐに見ている。
「――よかろう」
ザクロが、退がった。
「氷雪祭決勝。氷渡シグレ、対、氷渡セツナ及び客将・真昼ケイ。……始めよ」
鈴が、鳴った。
◇
最初の一秒で、僕は自分の甘さを知った。
シグレの魔力は、流れなかった。
壬生の魔力は水路みたいに走った。セツナの魔力は綺麗な川だ。だからどっちも、僕には見えた。
シグレの魔力は――弾けた。
手元で、いきなり。予備動作も、道筋も、何もなく。
「ぐっ!?」
左肩が、裂けた。
何が起きたのかわからなかった。痛みで初めて、そこに氷の刃が通ったと知った。
「――真昼くん!」
「シグレの氷は」
僕は、傷を押さえながら後ろに跳んだ。
「――道筋が、ない」
「あるわよ! 短いだけ!」
セツナが、僕の前に氷壁を立てた。
「あの子の氷は生成が速いの。魔力を練ってから刃になるまでが、ほとんど無い。……代わりに、射程が短い」
「射程!?」
「三メートル。それ以上は届かない」
三メートル。
僕は、シグレとの距離を測った。
――八メートル。
「じゃあ、離れてれば」
言い終わる前に、シグレが消えた。
いや、消えていない。走ったのだ。氷の床を蹴って、三歩で。
八メートルが、一瞬で二メートルになった。
「あははっ! そうそう、それ言われるんだよね!」
彼は、笑っていた。
両手に、氷の刃。刀じゃない。もっと短い、鉈みたいな形の。
「射程短いなら近づけばいいじゃん!!」
二本目が来た。
読めない。読む時間がない。
僕は――当たった。
右腕。腹。かろうじて頭は逸らした。氷の床に叩きつけられて、視界が白く飛んだ。
「真昼くん!!」
セツナの氷が、シグレとの間に割り込む。
シグレは、それを刃で三度叩いて、砕いた。
「姉さんの氷、綺麗すぎ!」
彼は、その破片の中を、笑いながら抜けてきた。
「どこに張るか、全部わかるんだよ。十年見てんだから!」
――ヴィムの言った通りだった。
セツナの氷は、読まれている。
僕は、氷の床に手をついた。腕が震えて、体が持ち上がらない。
観覧席から、声が降ってくる。
「無理をなさるな」「客人が怪我をされる」「もうよい、降参なさい」
悪意ではなかった。それが、余計に、きつかった。
◇
立ち上がった時、僕の視界は半分ぼやけていた。
「真昼くん、下がって!」
セツナが叫んだ。
「わたしが抑える! あなたは外に――」
「氷渡さん」
僕は、口の中の血を、氷の床に吐いた。
「僕、読めてないです」
「……え?」
「読んで、避けて、隙間に入る。あれ、通用してません」
シグレが、こちらを見て、にやりと笑った。
「やっと気づいた? 当主様」
彼は、刃をくるりと回した。
「あんた、目はいい。壬生さん相手のあれ、正直すごかった。……でもさ」
三歩で、距離が詰まる。
「――読んでから動く奴は、読む時間がない攻撃には勝てないんだよ」
その通りだった。
完璧に、その通りだった。
だから僕は――読むのを、やめた。




