↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いじめられっ子の俺に、魔界No.1暗殺者が家庭教師としてやってきた ~報酬はプリン。ただし俺は、先生の正体をまだ知らない~  作者: 燈野いさり
第1章 家庭教師、来る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/60

第44話 家を残す

 ザクロは、闘技場にいた。


 屋敷の北側、雪の斜面を削って作られた擂り鉢状の場所だ。設営の使者たちに指示を出しながら、彼は氷の観覧席の傾斜を、指一本で確かめていた。


「――ザクロさん」


 僕が呼ぶと、彼は振り返らずに答えた。


「明日は雪になる。客人は屋内からご覧いただく」


「二年前のこと、教えてください」


 指が、止まった。


 使者たちが、一斉に僕を見た。


「……何のことか」


「当主戦の申請控えを見ました」


 嘘はつけなかった。つく気もなかった。


 周りの使者がざわめいた。ザクロは、ゆっくりと振り返った。


「本家書庫は、当主と代行のみ立ち入りを許される」


「はい。無断で入りました。すみません」


「――謝罪は不要だ」


 彼は、氷の階段を降りてきた。


 僕の前に立つと、この人はやっぱり大きかった。見上げると、首が痛くなる。


「無作法の詫びは、無作法で返せばよい。……真昼家当主。あなたは何を見た」


「二年前の申請と、一年前の実行命令です」


「そうか」


「なんで一年、寝かせたんですか」


 ザクロは、答えなかった。


 僕を見下ろして、しばらく黙って、それからひとこと。


「――明日は、日没からだ。遅れぬように」


 背を向けて、歩いていった。


 僕はその場に立ち尽くした。何も引き出せなかった。


「……あの」


 背後で、声がした。


 振り返ると、白装束の老使者が立っていた。昨日、うちの玄関に現れた男だ。氷柱と呼ばれていた。


「立ち話も何ですので。……お茶など、いかがですかな」


   ◇


 氷柱の茶は、ぬるかった。


「氷渡の屋敷では、熱い茶は出さぬのです」


 彼は言った。


「湯気が立ちますとな、結界の氷が曇る。四百年、この家ではぬるい茶しか飲めません」


 僕は湯呑みを両手で包んだ。少しも温かくならなかった。


「――二年前」


 氷柱は、庭を見たまま言った。


「十三家会議にて、序列の見直しがございました」


 僕は顔を上げた。


「氷渡家は、長く上位六家に数えられておりました。氷結の術は十三家最強。異論を挟む者はおりませなんだ。……ただ一つ、当主が不在という一点を除いて」


「氷の眠り」


「左様。八年でございます」


 氷柱は、指を八本、膝の上で数えた。


「当主なき家は、家にあらず。二年前の会議で、そう申した家がございました。氷渡は序列を三つ落とすところでございました」


「……落ちたら、どうなるんですか」


「氷渡の分家は、四十二ございます」


 彼は、静かに言った。


「序列が落ちれば、いくつかは他家に鞍替えいたしましょう。人が減れば、結界を回す術者も減る。術者が減れば、この寒さが保てなくなる。……この寒さが緩めば、御神木の氷が解けます」


 僕は、庭の白い松を見た。


 四百年、凍ったまま守られてきた木。


「氷が解ければ、あの松は――四百年ぶんの時間を、一度に受け取ることになります」


「……枯れる」


「左様」


 氷柱は、湯呑みを置いた。


「ザクロ様は、その会議からお戻りになった夜、一睡もなさいませんでした。そして翌朝、当主戦の申請を書かれた」


「……セツナさんを、差し出すために」


「格を上げるためでございます」


 老人の声は、責めるでも庇うでもない、ただの報告の声だった。


「当主不在を補うには、当主戦で格を得るほかない。……そしてもう一つ。分家四十二のうち、二十七が、その年に嘆願を出しております」


「嘆願」


「『半分人間の後継を戴くことはできぬ』と」


 僕は、湯呑みを取り落としそうになった。


「ザクロ様は、両方を一枚の札で片づけられました。セツナ様が勝てば、家は格を得て、分家の口も塞がる。負ければ――後継の座は、正当な手続きで空く」


「そんなの」


 声が、勝手に震えた。


「そんなの、ただの、どっちに転んでも自分が損しない賭けじゃないですか」


「はい」


 氷柱は、あっさりと認めた。


「あの方は、家を残すためならば、何を削っても構わぬと決められた方でございます。……ご自身の名も、含めて」


 その言い方に、僕は引っかかった。


「自分の、名も?」


「ザクロ様は、四十二の分家のうち、二十七の嘆願に、ただ一人、名を連ねておられません」


 氷柱は、静かに立ち上がった。


「――老いぼれの世迷い言でございます。お聞き流しくださいませ」


 白い息を残して、彼は去っていった。


 僕は、ぬるい茶を持ったまま、庭の松を見ていた。


 あの人は、悪人じゃない。


 悪人じゃないほうが、たぶん、ずっと厄介だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。