↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いじめられっ子の俺に、魔界No.1暗殺者が家庭教師としてやってきた ~報酬はプリン。ただし俺は、先生の正体をまだ知らない~  作者: 燈野いさり
第1章 家庭教師、来る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/60

第39話 負けた道具

 その夜、僕は眠れなかった。


 客間の布団は、ふかふかで、糊の匂いがして、そして氷みたいに冷たかった。何枚重ねても、底のほうから冷えが上がってくる。


 諦めて起き上がり、廊下に出た。


 月が出ていた。雪の庭が、青白く光っていた。


 その縁側に、先客がいた。


「……眠れないの?」


 セツナだった。


 寝間着に厚手の羽織を重ねて、膝を抱えて座っている。息が白い。


「寒くて」


「そう。慣れよ、それは」


「慣れました?」


「十六年かかったわ」


 僕は、彼女から一畳分あけて、縁側に腰を下ろした。


 庭の松が、月の光を弾いていた。


「……さっきの」


 セツナが、庭を見たまま言った。


「好きか嫌いかなんて、聞かないでほしかった」


「すみません」


「謝らないでよ。……ずるいわ、あなた」


 彼女は、膝に顎を乗せた。


「好きに決まってるじゃない」


 小さな声だった。


「あの松ね、六つの頃に一度、枝を折ったの。登ろうとして。……大騒ぎになって、分家中が集まって、わたしは三日、蔵に入れられたわ」


「三日!?」


「でもね、その三日、お父様が毎晩来たの。蔵の外に座って、襖越しに、氷渡の昔話をしてくれた。初代がどうやってこの松を植えたか。どうして氷渡は壊す術じゃなくて留める術なのか。……三日ぶんの話を、わたし、全部覚えてる」


 白い息が、月に溶けた。


「好きよ。この寒い家が。……だから、罅を入れたくないの」


「氷渡さん」


「わたしは、負けた道具なの」


 彼女は、僕の言葉を遮った。


「作られて、研がれて、使われて、そして――折れた。それだけのこと。折れた道具が、道具箱の中で場所を取っていたら、迷惑でしょう」


 僕は、しばらく黙っていた。


 言いたいことは、いくらでもあった。君は道具じゃない。折れてない。うちに帰ろう。母さんが待ってる。餃子を包もう。


 でも、そのどれも、たぶん彼女には届かない。


 この人は十六年、この理屈の中で生きてきた。僕が二か月で用意した言葉が、十六年に勝てるわけがない。


 だから、僕は別のことを言った。


「――僕、君に負けてほしくて勝ったわけじゃないです」


 セツナが、こちらを見た。


「あの日、僕が立ち上がったのは、君が泣きそうな顔で戦ってたからです。君を折るためじゃない。……なのに僕が勝ったせいで、君が『折れた道具』になるなら」


 僕は、自分の膝を見た。


「――それ、僕が一番、我慢できないです」


 風が吹いた。


 庭の氷が、ちりちりと鳴った。


 セツナは、何も言わなかった。ずいぶん長いこと、何も言わなかった。


「……あなたは」


 やっと出てきた声は、掠れていた。


「あなたは、いつもそう。人の理屈の、真下を掘るのね」


「掘ってますか」


「掘ってるわ。上から論破されたら言い返せるけど、下から掘られたら、立ってられないでしょう」


 彼女は、羽織の袖で、乱暴に目元を拭った。


「……でも、駄目よ」


「駄目ですか」


「駄目。掟は掟。負けたのは事実。事実は動かないもの」


「はい」


「わかってくれた?」


「いえ」


 僕は立ち上がった。


「事実が動かないなら、事実のほうを調べます」


「……は?」


 セツナが、ぽかんと僕を見上げた。


「さっきから、ずっと引っかかってることがあるんです」


 僕は、庭の白い松を見た。


「どうして氷渡家は、僕なんかに、後継者本人を差し向けたんですか」


「……なにを言って」


「十三家最強の家でしょう。うちは最弱です。刻印の錠は十三個ぜんぶ閉まってて、僕は魔力の使い方も知らなかった」


 二か月前の自分を思い出す。パシリで、断れなくて、階段で足を引っかけられていた自分。


「そんな相手に、四百年罅を入れてない家が、いきなり『後継者本人』を出しますか?」


 セツナが、息を呑んだ。


「使者を送って、書状一枚で継承権を要求すれば済んだかもしれない。分家の誰かを寄越してもよかった。……なのに、なんで君だったんですか」


「それは……氷渡は、決めた獲物は逃がさない家だから、確実に――」


 言いながら、彼女の声が、だんだん細くなった。


 自分の言葉を、自分で疑い始めた声だった。


「……確実に、獲るなら」


 彼女の唇が、震えた。


「……本家の、後継者を、出す必要は」


「ないですよね」


 月が、雲に隠れた。


 庭が、暗くなった。


「――氷渡さん。明日、屋敷の中を、少し見せてもらえませんか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。