↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いじめられっ子の俺に、魔界No.1暗殺者が家庭教師としてやってきた ~報酬はプリン。ただし俺は、先生の正体をまだ知らない~  作者: 燈野いさり
第1章 家庭教師、来る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/60

第33話 完璧の緩みかた

 結論から言うと、僕は何も説明できなかった。


 なぜなら翌朝、氷渡セツナが僕と一緒に登校してきた時点で、学園の情報網は音速を超えたからだ。


「同棲!?」


「してません!」


「え、じゃあ同居?」


「それは……はい」


「同じ意味じゃん!!」


 朝の教室が爆発した。机の島がひとつ、僕の周りに寄ってくる。女子の圧がすごい。


「真昼くん、いつから!?」


「え、ええと、昨日から」


「氷渡さんの荷物は!?」


「段ボール四つでした」


「四つ!? 本気の量じゃん!!」


 やめてくれ。僕は情報を出す才能がない。


 助けを求めて振り返ると、当の氷渡セツナは自分の席で、涼しい顔で頬杖をついていた。窓の外を眺めて、朝の光を浴びて、絵画みたいに完璧に。


 ――笑ってる。


 目元だけ、かすかに。あれは絶対、面白がっている顔だ。


「氷渡さん!!」


「あら。どうかして、真昼くん」


 完璧な微笑みで振り返られた。教室が「うわあ」と沸いた。


「助けてください!」


「わたし、嘘は言えない性分なの」


「何も言ってないですけどね今!?」


   ◇


 昼休み。


 僕は購買のパンを抱えて、屋上へ避難した。人間には逃げる自由がある。


 階段を上がりきったところで、先客がいた。


 鈴木くんだった。


 二か月前まで、僕からパンを買う金を巻き上げていた男子だ。当主戦の日、氷の中に閉じ込められて、そのことを覚えていない男子でもある。


「あ」


「あ」


 気まずい沈黙が落ちた。


 鈴木くんは僕を見て、それから自分の手元のパンを見て、それから、なんとも言えない顔をした。


「……真昼」


「はい」


「その、あれだ。……氷渡さんと、うまくやれよ」


「え?」


「いや、なんか、うん」


 彼は自分の言葉に自分で照れたのか、ぐしゃぐしゃと頭をかいて、僕の横をすり抜けて階段を降りていった。


 途中で立ち止まって、振り返らずに、こう言った。


「――前は、悪かったな」


 足音が遠ざかっていく。


 僕は屋上のドアの前で、しばらく立っていた。


 二か月前の僕なら、この言葉を聞いても、たぶん「はい」しか言えなかった。今もそれは変わらない。実際、僕は何も言えなかった。


 でも、膝は震えなかった。


 それだけが、二か月分の変化だった。


   ◇


 放課後。


 昇降口で待っていると、セツナがやってきた。


 友達――というか、彼女を取り囲む女子のグループと一緒だ。彼女たちに「またね」と手を振って、こちらへ歩いてくる。


 その最後の三歩で、彼女の顔が変わる。


 完璧な微笑みの角度が、ほんの少しだけ崩れる。眉のあたりが、ゆるむ。氷が、日向に置かれた時みたいに。


「お待たせ」


「今の、どこまでが演技ですか」


「え?」


「あの人たちに手を振ってる時の顔と、今の顔、別ですよね」


 セツナは、ぴたりと止まった。


 しばらく僕を見上げて、それから、心底うんざりしたようにため息をついた。


「……あなたの二錠目、そういうのまで読めるようになったの?」


「いえ、これは目で見ました」


「もっと悪いわ」


 彼女は先に立って歩き出した。夕方の光の中で、彼女の髪が白く光っていた。


「……教室のあれは、ちゃんとした顔よ」


 背中越しに、彼女は言った。


「氷渡セツナが十年かけて作った、正しい顔。あれがないと、わたしはあの中で立っていられないの」


「はい」


「だから、失礼なこと言わないで」


「はい」


「……でも」


 彼女は、ほんの少しだけ振り返った。


「疲れるのは、事実」


「じゃあ、うちに帰ったら休んでください」


 うちに帰ったら、と言ってから、僕は自分の言葉に気づいた。


 セツナも、気づいたらしい。


 二人して黙って、そのまま十歩くらい歩いた。


 その日の夕飯は肉じゃがで、セツナは三杯おかわりして、母さんに「若いっていいわねえ」と笑われていた。


 そういう、普通の日だった。


 ――氷渡家からの使者が来たのは、その二日後のことだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。