第32話 居候の作法
「説明してください」
僕は、居間の畳に正座していた。
向かいに、同じく正座したセツナ。その横に、なぜか一緒に正座している母さん。さらにその横で、ヴィムが寝転がってプリンを食べている。この人は正座という概念を持っていない。
「説明も何も」
セツナは、湯呑みを両手で包んだまま、目を逸らした。
「わたしは当主戦に敗れ、身柄は真昼家の預かりとなりました。掟に従い、勝者の家門で起居するのは当然の――」
「氷渡さん」
「……なによ」
「昨日まで『北の方の家から通ってる』って言ってましたよね」
湯呑みが、こつん、と畳に置かれた。
長い沈黙のあと、セツナは小さく言った。
「……通ってたわ。北の方の、ビジネスホテルから」
「ホテル!?」
「一週間分、前払いで。昨日で切れたの」
僕は頭を抱えた。母さんが「まあ」と口を押さえた。ヴィムは三個目の蓋を開けた。
「なんで言わないんですか!」
「言えるわけないでしょう!?」
セツナが、初めて声を荒らげた。
「……敗者が、勝者の家に転がり込むのよ。わたしはあなたに『友達になってほしい』なんて言われて、ほいほい嬉しくなって、その次の週には寝床まで世話になろうとしてる。そんなの、ただの……ただの、押しかけの居候じゃない」
最後の方は、ほとんど聞き取れなかった。
完璧な転校生・氷渡セツナが、湯呑みを見つめて、耳まで赤くしていた。
「……氷渡さん」
「なによ」
「押しかけの居候で、いいと思います」
「よくないわよ!」
「じゃあ、招いた居候にします。僕が招きました。今」
「そういう問題じゃ――」
「そういう問題です」
僕は、畳に手をついて、頭を下げた。
「うちに、いてください。お願いします」
我ながら、変な頼み方だと思った。普通は居候する側が頭を下げる。
顔を上げると、セツナは口を半分開けて、僕を見ていた。それから、天井を見て、目元を袖でごしごし擦って、それから、盛大にため息をついた。
「……あなた、本当に変よ」
「よく言われます」
「はい、じゃあ決まりね!」
母さんが手を叩いた。
「二階の南の部屋、空いてるから使ってちょうだい。日当たりいいのよ〜。あ、カーテン新しいの買わなきゃ」
「お、おばさま、そこまでしていただくわけには」
「あら、お代はいただくわよ?」
「……えっ」
「セツナちゃんの餃子の包み方、あれ教えてちょうだい。あんなに揃うのすごいわ」
セツナは、ぽかんとして、それから、ふ、と笑った。
「……氷渡家の秘伝ですけれど」
「あら、じゃあ大事に使うわね」
◇
その夜、僕は二階の廊下で、荷解きを手伝っていた。
段ボールの中身は、驚くほど少なかった。制服の替え。参考書。術式の巻物。それから、写真立てがひとつ。
写真には、若い女の人と、小さいセツナが写っていた。
「……お母さん、ですか」
「ええ」
セツナは写真立てを、机の一番端に置いた。壁に寄せて、まっすぐに。
「亡くなったの。わたしが六つの時」
「すみません」
「謝ることじゃないわ」
彼女はそれ以上、何も言わなかった。僕も聞かなかった。
代わりに、こう言った。
「明日、学校で何か言われたら、僕が説明します」
「何を?」
「氷渡さんが、うちに住んでることを」
セツナが、真顔になった。
「……あなた、それが人間界の学校でどういう意味になるか、わかってる?」
「え? どういう意味になるんですか」
「――ばか」
部屋の襖が、ぴしゃんと閉まった。
廊下に一人残された僕は、しばらく本気で首をひねっていた。
階下から、ヴィムの笑い声だけが、やけに愉快そうに聞こえてきた。




