↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いじめられっ子の俺に、魔界No.1暗殺者が家庭教師としてやってきた ~報酬はプリン。ただし俺は、先生の正体をまだ知らない~  作者: 燈野いさり
第1章 家庭教師、来る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/60

第3話 母さんは知っていた

その夜、僕は台所に立つ母さんの背中に、思い切って聞いた。


「ねえ。……ヴィムさんのこと、どこまで知ってるの」


 味噌汁をかき混ぜる手は、止まらなかった。


「あの人ね、お父さんの古いお友達なの」


「――は?」


「昔ね、うちに何度か来たことがあるのよ。ケイが赤ちゃんの頃だから、覚えてないでしょうけど」


 母さんはお玉を置いて、こちらを振り向いた。いつものほんわかした笑顔で。


「プリンばっかり食べてる変な人でしょう。あの頃から変わらないわねえ」


「じゃ、じゃあ母さん、知ってるの? 父さんのこととか、その、真昼家が……ええと」


 魔界、という単語は、口に出すと母さんの日常が壊れてしまう気がして、喉で止まった。


 母さんは、少しだけ笑い方を変えた。


 ほんわかは、そのまま。でも、目の奥だけが、静かになった。


「お母さんはね、普通の人間よ。難しいことは、今も半分もわかってない」


「……うん」


「でもね。お父さんがいなくなる前の日に、言われたの。『いつかヴィムって男が来る。そしたら、ケイを任せてほしい』って」


 ――十年前。


 父さんは、いなくなる前の日に、今日のことを知っていた。


「だからお母さん、十年間ずっと待ってたのよ。玄関にあの人が座ってた時、ああ、やっと来たなあって」


 母さんはそう言って、味噌汁の味見をした。


「うん、いいお味」


「…………なんで、そんな普通にしてられるの」


「そりゃあ、あなた」


 母さんは、きょとんとした顔で言った。


「十年も心の準備をさせてもらったんだもの」


 僕は、何も言えなかった。


 僕が「普通の家」だと思って生きてきた十五年間、母さんは一人で、この日を待っていたのだ。


   ◇


 風呂から上がると、リビングの窓が開いていて、ヴィムがベランダの手すりに腰かけていた。夜風の中、プリンの空き容器が三つ、行儀よく並んでいる。


「僕の明日の分まで食べてる……」


「報酬の前借りだ」


「働く前から前借りする人、初めて見ました」


 僕は少し迷ってから、窓際に立った。聞くなら、今しかない気がした。


「ヴィムさん。父さんと、友達だったんですか」


「……あー」


 ヴィムは夜空を見たまま、スプーンをくわえた。


「友達っつーか。腐れ縁だな。魔界時代からの」


「父さんは、今、どこで何してるんですか」


「さあな」


「さあなって」


「本当に知らねえんだよ。あいつは十年前、俺にお前のことを頼んで、それっきりだ」


 ヴィムはスプーンで、夜空の一点を指した。


「ただ――死んじゃいねえよ。それだけは断言してやる」


「……なんで断言できるんですか」


「カナメが死ぬところなんざ想像もつかねえからだ。あれは十三家で一番しぶとい男だった」


 カナメ。父さんの名前を、この人は呼び捨てにする。その響きだけで、二人の間に僕の知らない長い時間があったことがわかった。


「なあ坊ちゃん。一個だけ、先に謝っとくわ」


「え?」


「俺の教育は優しくねえ。泣いても続けるし、吐いても続ける。お前は多分、明日から毎日、俺を恨む」


 ヴィムは手すりからひょいと降りて、僕の前に立った。夜の逆光で、表情はよく見えなかった。


「それでも十年前の約束は果たす。――お前を、殺させない。それが俺の仕事だ」


 声だけが、真剣だった。


 だから僕は、頷くしかなかった。頷いてから、大事なことを聞き忘れていたのに気づいた。


「あの、ちなみに教育って、明日の何時から」


「五時」


「夕方の?」


「朝に決まってんだろ」


「あさの!?」


「おやすみ、坊ちゃん。よく寝とけよ――寝られるうちにな」


 ヴィムはにやりと笑って、夜の闇に、音もなく溶けた。


 最後の一言が冗談じゃなかったことを、僕は翌朝、嫌というほど知ることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。