第2話 魔界十三家
「順を追って説明してやる。座れ」
リビングのソファで、僕とヴィムは向かい合った。母さんは「ごゆっくりねー」と言い残して買い物に出てしまった。息子が変な男と二人きりなのに、警戒心というものがないのか。
「まず、坊ちゃん。魔力ってのを知ってるか」
「……ゲームなら」
「上等だ。ゲームの通りだよ。この世界の裏側にはもう一つの世界――魔界がある。で、そこの連中の一部は、数百年前からこっちに移住して、人間のふりして暮らしてる」
「はあ」
「その移住組の名門が十三ある。通称、魔界十三家。表向きは会社をやったり、学校をやったり、寺をやったりしてる。で――」
ヴィムは、だるそうに僕を指さした。
「その一つが、真昼家。お前の家だ」
「…………あの」
「なんだ」
「うち、母さんがパートで働いてる、普通の家なんですけど」
築二十年の建売住宅。ローンはあと十五年。名門要素がどこにもない。
「隠れてんだよ。潜伏ってのはそういうもんだ」
「じゃあ父さんは……あ」
言いかけて、口が止まった。
父さんは、僕が五歳の時にいなくなった。母さんは「お仕事で遠くにいる」としか言わない。仏壇もないし、離婚届の話も聞いたことがない。うちでは父さんの話題は、なんとなく、触れちゃいけないことになっている。
ヴィムは僕の顔をちらりと見て、何も言わなかった。
代わりに、立ち上がった。
「証拠を見せてやる。そこから動くなよ」
「え?」
瞬きをした。
したはずだ。ほんの、まばたき一回。
その間に、ヴィムが消えた。
「――こっちだ」
声は、僕の真後ろから聞こえた。
振り向く。ヴィムがいる。ソファの背もたれの向こう、僕の首筋に、指を二本、軽く当てて。
「今のが人間業に見えるか?」
「っ、うわ、あ……!?」
飛び退いた僕を見て、ヴィムはつまらなそうに指を引っ込めた。
心臓がばくばく鳴っていた。移動が見えなかったとか、速いとか、そういう話じゃない。気配ごと、存在ごと、世界からいなくなったみたいだった。今、首に触れていたのが指じゃなくて刃物だったら――そう考えて、背中が冷たくなった。
この人は本物だ。何の本物かはわからないけど、とにかく、本物の「何か」だ。
「なあ、坊ちゃん。手ぇ出せ」
「て、手?」
恐る恐る右手を差し出すと、ヴィムはその手首を掴んで、自分の指先を僕の手の甲にとん、と置いた。
「魔力ってのは誰にでも流れてる。人間はそれが細すぎて使えねえだけだ。だがお前は真昼の血だ。ほら――そこ、見てろ」
手の甲が、じんわり熱くなった。
皮膚の下に、何かが浮かび上がる。薄い、金色の線。線は繋がって円になり、円の中に見たこともない紋様を描いて――その周りを、鎖のようなものが十三重に取り巻いていた。
鎖には、錠前が下がっていた。
十三個。ぜんぶ、閉じている。
「これ……なに……」
「継承の刻印。真昼家の当主の証だ」
ヴィムが指を離すと、紋様はすうっと薄れて消えた。でも、熱の余韻だけが手の甲に残っている。夢じゃない。
「十三の錠が全部開いた時、お前は正式に当主になる。まあ、今のお前じゃ一個も開かねえけどな」
「あの、待って、待ってください。仮に……仮にですよ、僕が魔界の名門の跡継ぎだとして」
「おう」
「なんで今なんですか。十五年間ずっと普通だったのに、どうして急に家庭教師なんて」
我ながら、初めてまともな質問をした気がした。
ヴィムは頭をがりがり掻いて、少しだけ黙った。それから、窓の外の夕焼けに目をやった。
「跡継ぎの座ってのは、諦びた椅子ほど狙われる。真昼家は当主が十年空席だ。――で、お前は先月、十五になった」
「誕生日と、何の関係が」
「十五は魔界の成人だ。つまりお前は先月から、公式に『椅子取りゲームの椅子』になった」
ヴィムはこちらを振り向いて、初めて、教師みたいな顔で言った。
「近いうちに、お前を殺しに来る奴が出る。だから俺が来た。以上が説明だ」
……殺しに。
僕を?
あまりに現実味のない単語は、けれど、さっき首筋に触れた二本の指の感触と一緒になって、妙な生々しさで胃の底に落ちていった。
「安心しろ、死なせはしねえよ。プリン代が貰えなくなる」
「そこ!?」




