第28話 友達
夜の九時。我が家の居間は、変な空間になっていた。
畳の上に、白と氷青の戦装束の美少女が、正座している。その前に僕。僕の横に、プリンの空き容器を三つ積んだヴィム。台所からは、母さんが「あらあら、まあまあ」と言いながらお茶を運んでくる音。
「あらセツナちゃん、おかわりは? 羊羹もあるわよ」
「お、おかまいなく……」
母さんは決闘のことを何も聞かなかった。泥だらけの僕と、戦装束のセツナを見て、「おかえりなさい。お疲れさま」と言っただけだった。やっぱりうちの母さんは、知ってる側の人だと思う。
お茶が行き渡ると、セツナは湯呑みを置いて、居住まいを正した。
「――改めて」
両手を、畳についた。
「氷渡セツナは、当主戦の掟に従い、真昼家の家門に入ります。以後、この身は真昼家のもの。術も、知識も、氷渡で仕込まれた十年も、すべて当主・真昼ケイ様の御為に。……どうぞ、お役立てくださいませ」
深々と、頭が下がった。
完璧な口上だった。たぶん、ここへ来るまでの道すがら、ずっと練習してきたんだと思う。笑顔を鏡で練習してきた人の、練習の気配がした。
そして僕は、その完璧な口上が――決闘場のどの氷より、冷たい檻に聞こえた。
「……あの、氷渡さん。頭を上げてください」
「敗者が勝者より頭を高くは――」
「上げてください。お願いですから」
セツナは、おずおずと顔を上げた。
「僕、考えたんですけど。その『家門に入る』っていうの、やめませんか」
「……え?」
彼女の目が、まん丸になった。
「じょ、冗談はやめて。掟よ? 裁定も済んでいるのよ? わたしの身柄は真昼家預かりで、あなたはそれを受け取る義務が」
「受け取ります。裁定は受け取ります。でも」
僕は、息を吸った。
決闘場で氷の玉座に拳を振り抜いた時より、正直、緊張していた。
「家門に入れ、じゃなくて――友達に、なってほしいんです」
居間が、しん、となった。
「……とも、だち」
「はい」
「……わたしと、あなたが」
「はい」
「わたし、あなたを殺しかけたのよ。今日の夕方に」
「はい。でも、その前の夜に、ブランコで隣に座ってくれました」
セツナの唇が、何か言おうとして、開いて、閉じた。
「僕、氷渡さんの術も知識も、正直すごく頼りにしてます。これから絶対、助けてもらうことになると思います。でもそれは、命令したいからじゃなくて……僕が『どうしたい』かで言うなら」
あの夜、彼女に聞かれて答えられなかった宿題の、続きを言う。
「僕は、勝っても道具、負けたら不良品なんて言う人と、そういうの全部関係ない場所で、もう一回、公園の続きの話がしたい。……それだけなんです。当主としては失格かもしれないけど、これが僕の、最初の当主命令です。あ、命令って言ったら駄目なのか。ええと」
「……ふ」
小さな音がした。
「ふ、ふふ……あはは……!」
氷渡セツナが、笑っていた。
教室の完璧な微笑みじゃなかった。目尻に涙を溜めて、肩を揺らして、こらえきれずに崩れる、年相応の笑い方だった。
「何よそれ……命令なのか命令じゃないのか、はっきりしなさいよ……ふふ……ああ、もう」
彼女はぐしっと目元を拭って、それから、畳の上の僕の手を見て――自分から、右手を差し出した。
「氷渡セツナです。……不束者ですが、あなたの、その」
耳まで赤くなりながら、彼女は言い切った。
「と、友達第一号に、してもらえますか」
「はい……!」
握った手は、氷の術者のくせに、ちゃんとあたたかかった。
横で全部見ていたヴィムが、四個目のプリンの蓋を開けながら、ぼそりと言った。
「――ファミリーの一人目、ゲットだな。坊ちゃん」




