第27話 裁定
「鈴木くん!」
僕は、封氷の柱に駆け寄った。
玉座が砕けてから、柱の氷は目に見えて痩せていた。セツナが柱に手を当てて、ゆっくりと解氷の術を紡ぐ。彼女の指先から伝わる魔力は、戦いの時とはまるで違う、体温みたいな流れ方をしていた。
「……大丈夫。芯まで凍らせていないわ。眠っているだけ」
氷が、砂糖菓子が溶けるみたいに崩れて、鈴木くんの体が滑り落ちてきた。僕は慌てて受け止めた。重い。あったかい。生きてる。
「……すぅ……」
「寝息!? この状況で!?」
「氷渡の封氷は、眠りの術も兼ねているの。悪夢も見ていないはずよ。記憶も――結界に入ってからのことは、何も残らない」
セツナはそう言って、それから、眠る鈴木くんに向かって、小さく頭を下げた。
「……巻き込んで、ごめんなさい」
謝るなら僕じゃなくて鈴木くんに――決闘の途中で投げた言葉を、この人はちゃんと拾って、実行する人なのだった。
◇
日が完全に沈む頃、氷の城は、終わった。
セツナが領域の核を解くと、氷の校舎は端から光の粒になって崩れ、氷原は溶けて消え、僕たちはいつの間にか、夕闇の本物のグラウンドに立っていた。眠ったままの鈴木くんは、校舎脇のベンチにそっと寝かせた。目が覚めたら、部活帰りに居眠りした、ということになるらしい。ゲーム機はちゃんと胸に抱えさせておいた。
「――では、裁定を執り行う」
グラウンドの隅で、ザクロが言った。
尻餅の砂を払った後も、男の顔は蒼白のままだった。ヴィムのほうを絶対に見ないようにしながら、彼は懐から、氷でできた札のようなものを取り出した。
「当主戦。真昼家後継・真昼ケイ対、氷渡家後継・氷渡セツナ。――勝者、真昼ケイ」
氷の札に、金色の線で、文字が刻まれていく。
「掟に基づき、敗者たる氷渡セツナの身柄は、勝者の家門……真昼家の預かりとする。氷渡家は本裁定に、異議を……」
ザクロの喉が、一瞬詰まった。ヴィムが、あくびをした。
「……異議を、唱えない」
札が、ぱきんと音を立てて二つに割れ、片方が僕の手元に、ひとりでに飛んできた。手のひらに載ったそれは、氷なのに冷たくなくて、じんわりと、名前を書き終えた契約書みたいな重みがあった。
「氷渡セツナ」
ザクロは、最後に、彼女を見た。
「……本家には、わしから報告する。おまえは今日限り、氷渡の悲願より放たれた。……せいぜい」
石の目が、ほんの一瞬だけ、揺れた。
「……せいぜい、そこでは、術を乱すな」
それだけ言って、男は夜に消えた。最後のあれが、あの人なりの何かだったのかどうか、僕にはわからなかった。
◇
グラウンドに、三人が残った。
「腹減ったな」とヴィムが言い、僕は母さんの保冷バッグを思い出して、プリンを一個手渡した。ヴィムは月明かりの下で、世界一幸せそうにそれを食べた。魔界一怖い一歩を踏んだ人と同一人物とは思えなかった。
「……真昼くん」
セツナが、僕の前に立った。
装束姿のまま、髪も少し乱れたまま。でも立ち姿だけは、どこまでも氷渡の姫のままで。
「話が、あるの。裁定のこと。……わたしの、これからのこと」
「あ、はい」
「明日……いえ」
彼女は、首を振った。
「今から、あなたの家に伺ってもいい? 当主戦の敗者として、けじめは、早いほうがいいから」
その目が何を決めているのか、僕にはまだ、読み切れなかった。




