第24話 二錠目
二錠目の錠が、開く音は聞こえなかった。
代わりに――世界の音量が、一気に上がった。
「……っ、わ……」
見える。
いや、これは「見える」なんだろうか。目で見るのとは違う。肌でもない。もっと内側の、今まで使ったことのない感覚が、いきなり全開になった感じだった。
冷気の流れが、光の帯みたいにわかる。氷の槍が生まれる三歩手前の、魔力の「溜まり」がわかる。セツナの体の中で、心臓から指先へ、術になる前の魔力が駆けていく道筋まで――わかる。
魔力感知。そして、見切り。
二錠目は、僕の「観察」を、人間の目の限界の外まで連れて行ってくれた。
「(……綺麗だ)」
場違いなことを、思ってしまった。
乱れていても、氷渡セツナの魔力は綺麗だった。五歳から積み上げた何万回の反復が、川の流れみたいな道筋になって、彼女の中に彫り込まれている。この綺麗さの分だけ、あの人は子供でいられなかったんだ。
――行こう。
僕は、駆け出した。
乱れた槍の雨。さっきまでは「避ける」だった。今は違う。降ってくる全部の軌道が事前にわかるなら、雨の中には最初から、濡れない道が見えている。
一本目と二本目の間、半身で抜ける。三本目は生まれる前に潰れるのがわかったから、無視。四本目の下を潜って、氷壁が立つ場所には最初から寄らない。
「なっ……当たらな……!?」
「セツナ!! 何をしている!!」
「うるさい……!」
彼女が、初めて、ザクロに言い返した。悲鳴みたいな声だった。
「うるさい、うるさいっ!! 今、集中して……っ、あなたが怒鳴るたびに、術が……!!」
言い返しながら、彼女の魔力が、また大きく乱れた。長年の鎖に逆らうことと、術を保つことを、同時にはできない。彼女の中で、二つの彼女が戦っている。
その乱れの中心へ、僕は走った。
絶対凍土のむらの、一番薄いところを選んで踏む。冷気の濃い場所は、体を斜めにして通り抜ける。二錠目の感知が、氷点下の迷路の「正解の道」を、ずっと照らし続けてくれる。
五歩。
彼女が最後の防壁を張ろうとする。魔力が右手に集まる――見える。発動は僕の左。なら右へ。
三歩。
足元から突き上げる氷塊――生まれる前から、わかってた。跳ぶ。
一歩。
「く、来ないで……!!」
目の前で、氷渡セツナが、両手を突き出した。
その手のひらの奥に、僕は見た。二錠目の感知が、術になる前の彼女の魔力の「色」を、はっきり映した。
殺意の色じゃなかった。
恐怖の色だった。勝つのが怖くて、負けるのも怖くて、この決闘が終わってしまうことすら怖い――そういう、ぐちゃぐちゃの色だった。
「……大丈夫」
僕は、突き出された両手を、避けなかった。
冷気が僕の胸に触れて、制服の胸元が、ばきばきと凍る。かまわず、もう半歩、踏み込む。凍った布の内側で、一錠目の熱が燃える。二錠目の感知が教えてくれる。この冷気は、芯まで通らない。彼女の術は、もう、僕を殺す形をしていない。
「大丈夫です、氷渡さん」
凍る音の中で、僕は言った。
「僕、もうすぐ、そこに行くので」
顔を上げた彼女の後ろに――夕焼けを封じた、氷の玉座が、聳えていた。




