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いじめられっ子の俺に、魔界No.1暗殺者が家庭教師としてやってきた ~報酬はプリン。ただし俺は、先生の正体をまだ知らない~  作者: 燈野いさり
第1章 家庭教師、来る

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第15話 氷の城

 それは、氷でできた城だった。


 校舎の輪郭は残っている。三階建ての教室棟、渡り廊下、体育館。でも全部が、分厚い青氷に包まれて、夕焼けを浴びてオレンジと群青に燃えていた。グラウンドは一面の氷原になり、真ん中に、氷の柱が円形に立ち並んでいる。古代の闘技場みたいに。


「……学校が」


「結界内だ。現実の学校は無事だから安心しろ」


 ヴィムが氷原に足を踏み入れながら言った。


「当主戦の決闘場ってのは、現実と少しずれた場所に作られる。ここは言わば『学校の写し』だ。どれだけ暴れても、本物には傷ひとつつかねえ。人間にも見えねえ。――そういう作法だ」


「じゃあ、誰かが巻き込まれることも」


「ねえよ。結界は人払いも兼ねてる。中に入れるのは後継者と介添人だけ――」


 ヴィムの声が、止まった。


 立ち止まった彼の視線の先。闘技場の氷柱の一本に、それはあった。


 氷柱の中に、人が、閉じ込められていた。


 見覚えのある髪型。見覚えのある、うちの学校の夏服。腰から下を氷に飲まれて、上半身だけ出した格好で、ぐったりと目を閉じている。


「――鈴木、くん!?」


 僕は駆け出していた。氷原で二回転びながら、柱に取りついた。息はある。触れた氷は、恐ろしく冷たい。


「なんで、なんで鈴木くんが……! 人払いって言ったじゃないですか!」


「……招かれざる客、ね」


 声は、闘技場の中央から降ってきた。


 氷柱の最も高い場所に設えられた、氷の玉座。その前に、氷渡セツナが立っていた。制服ではなく、白と氷青の、戦装束のような着物姿で。


「結界を張る直前、彼、忘れ物を取りに校舎に忍び込んでいたの。部室に、大事なゲーム機を隠していたらしいわ」


「じゃ、じゃあ出してあげてください! 関係ない人でしょう!?」


「ええ、関係ない。だから眠らせて、保存してある。凍傷にはしていないわ。決闘が終われば、記憶を消して返す――のが、作法」


 セツナは、そこで言葉を切った。


「……のはずだった、のだけれど」


 彼女の声が、初めて、硬かった。


「わたしの介添人が、それを許さなかったの」


「――ほう?」


 ヴィムの目が、すっと細くなった。


 玉座の陰から、ゆらりと人影が現れた。


 氷渡セツナと同じ色の装束を着た、背の高い男だった。年は四十くらいだろうか。セツナと似た、整って冷たい顔立ち。でも彼女と決定的に違うのは――目だ。あの人の目は、氷ですらない。ただの、硬い石だ。


「氷渡家分家筆頭、氷渡ザクロ。介添人を務める」


 男は名乗って、氷柱の中の鈴木くんを一瞥した。


「人間の小僧は『賭け金』にさせてもらった。真昼の後継者が逃げた場合、あるいは決闘の途中で棄権した場合――氷の中で、朝まで保存する。人間の体が氷の中の朝まで保つかは、知らんがな」


「なっ……!?」


「ザクロ様! その扱いは作法にありません。当主戦は後継者同士の――」


「セツナ」


 男は、彼女の言葉を、名前ひとつで斬り捨てた。


「お前の仕事は勝つことだ。作法の解釈は介添人の仕事。……それとも、本家の姫は、分家の年寄りに口答えする躾を受けたか?」


 セツナの唇が、白くなるまで結ばれた。


 彼女は、俯いた。「……いえ」と、小さく言った。


 ――ああ。


 これか。これが、あの人の言ってた「家」か。


 勝っても道具、負けたら不良品。凍傷の指を隠して、笑顔を鏡で練習して、そうやって完璧に磨き上げた「氷渡セツナ」の上に、あんな目をした大人が、当たり前みたいに乗っかっている。


 氷の中の鈴木くん。俯いたセツナ。石の目の男。


 僕の中で、何かが、静かに煮え始めた。


「――坊ちゃん」


 ヴィムが僕の隣に立った。声は、いつも通りだるそうで、でも、その奥に刃物みたいなものが一本、通っていた。


「予定変更だ。ありゃ俺の獲物……と言いたいところだが、介添人は手が出せねえ。当主戦の間、俺にできるのは見てることだけだ」


「……はい」


「だからよ。悪いが、お前が全部やれ」


 ヴィムは僕の背中を、どん、と叩いた。


「友達を取り返せ。ついでに――あの嬢ちゃんの『家』とやらの鼻っ柱、へし折ってこい」


「友達じゃなくて、いじめっ子ですけどね……!」


 軽口を叩いた自分に、自分で驚いた。膝は、もう震えていなかった。


 僕は闘技場の中央へ歩き出した。氷の玉座の前で、セツナが顔を上げる。俯いていた分家の姫の顔が、決闘者の顔に変わっていく。


 夕日が、地平線に触れた。


「――日没」


 ザクロが、石の目のまま宣した。


「当主戦、開始」


 世界中の風が、止まった。


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