第10話 当主戦
「――当主戦、正式受理ときたか」
夜。氷の果たし状をしげしげと眺めたヴィムは、それを電灯にかざしながら言った。果たし状は僕の部屋に持ち込んでも溶けず、周りの空気だけをきりきり冷やしている。
「教えてください。当主戦って、なんなんですか」
「十三家の喧嘩のルールだ」
ヴィムは果たし状を放り投げて、あぐらをかいた。今日は講義モードらしい。プリンを二個並べている。二個目は聞いたことがない。
「数百年前、人間界に潜伏したばっかの頃はな、十三家同士でしょっちゅう戦争やってたんだ。で、派手にやりすぎて人間にバレかけた。潜伏が全部パーになりかけたわけよ」
「はあ」
「そこで作られたのが当主戦だ。家同士の抗争は全面禁止。争いは全部『後継者同士の一対一』で決着をつける。場所は結界の中、人間には秘匿、勝敗は絶対。――で、ここからが重要だ」
ヴィムはスプーンを僕に向けた。
「敗者は、勝者の家門に入る」
「……入るって、その、家来になるってことですか」
「まあ有り体に言えばな。負けた後継者は勝った家の預かりになる。悪い制度に聞こえるだろうが、逆だ。これは『殺さないための』ルールなんだよ。昔は負け=死だった。今は負けても家門に吸収されるだけで済む」
「じゃあ、僕が負けても死なない……?」
「お前はな」
ヴィムの声が、一段、低くなった。
「だが真昼家は消える。刻印は氷渡に渡り、家の権利も財産も潜伏資格も全部持ってかれる。お前は氷渡預かり、母さんは──裁定次第だ。最悪、記憶を消されて強制送還もある」
「…………」
「セツナって嬢ちゃんが『裁定に従う』としか言わなかったのは、そういうことだ。あの嬢ちゃん、ぎりぎりまで嘘はつかなかったんだな。氷渡らしいよ」
僕は、膝の上で拳を握った。
三日後。日没。一対一。
「……勝てますか、僕」
「無理だな」
即答だった。
「今のお前じゃ百回やって百回凍る。向こうは物心つく前から術を仕込まれたエリートだ。お前は魔力に目覚めて一週間の素人。勝負になるわけがねえ」
「で、ですよね……」
「――が」
ヴィムは一個目のプリンを食べ終えて、蓋についたカラメルまで丁寧に舐めた。
「俺は魔界一の教育者だぞ。三日ありゃ、『百回に一回』までは持っていける」
「教育者を名乗るの初めて聞きましたけど、っていうか、百回に一回!?」
「上等だろ。ゼロと一は無限に違う」
ヴィムはにやりと笑って、指を三本立てた。
「三日間の特訓メニューだ。一日目、氷を知る。二日目、一錠目を開ける。三日目、寝る」
「最終日!?」
「本番前に消耗してどうする。いいか坊ちゃん、まずはっきりさせとくことがある」
ヴィムの目から、笑いが消えた。
「お前、なんで戦う。母さんのためか?」
「……はい。それは、もちろん」
「もちろん、ね。じゃあ聞くが――母さんのため『だけ』か?」
「え」
「戦う理由が他人だけの奴は、追い詰められた時に折れる。『自分はもう充分やった』って言い訳ができるからな。最後の最後で踏みとどまるのは、自分のために戦ってる奴だけだ」
自分の、ため。
僕は言葉に詰まった。母さんのため。家のため。それ以外に、僕が戦う理由なんて――。
「……宿題にしといてやる。三日以内に見つけろ。見つからなきゃ、負ける」
ヴィムは二個目のプリンを手に、窓枠に足をかけた。
「明日の朝五時から特訓だ。あ、それと坊ちゃん」
「はい?」
「三日後の介添人は俺がやる。――安心しろとは言わねえが」
夜風に消える寸前、その声だけが残った。
「俺の教え子は、まだ一人も死んでねえよ」
……まだ一人も、ってことは。
僕以外にも、教え子がいたんだろうか。
その疑問を聞きそびれたことを、僕はずっと後になって、思い出すことになる。




