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第3話②「巨大怪獣接近中につきハンコをお願いします」

 首都圏の鼻先である大島に、怪獣が上陸した。

 モニターの映像では、避難勧告が出され島全体が静まり返っている。人の気配が消えた空港の滑走路が、妙に広く見えた。

 そんな中――その滑走路に、続々と車両が集結してきた。


 最初にたどり着いたのは、赤いランプを回転させた救急車。人々の命を守るため日夜戦う戦士。サイレンの音が、無人の空港に響き渡っている。

 2番目は、アームを高々と伸ばした電柱整備用の高所作業車。どんな高所にも怯まぬ勇者。アームの先端が、風に揺れて微かにきしんでいた。

 3番目は、赤い車体に郵便マークを掲げた配達車。人々の心と心をつなぐ、まごころの使者。車体はよく磨かれていて、夕陽を反射してピカピカに光っていた。

 4番目は、泥のついたキャタピラで滑走路を堂々と横切ってきた農耕トラクター。どんな悪路にも歩みを止めぬ開拓者。アスファルトにキャタピラの跡がくっきりと残っていく。

 最後に、時間きっちりに現れたのは——緑色の路線バス。縁の下の力持ち、地域の活力を支える漢。側面の電光掲示板には「臨時 大島空港行」と表示されていた。


「……頼りなさすぎません?」

「バカ言っちゃいけないよ。これでも立派な都市災害用ロボ、インフラーズシリーズよ?」

「都市災害というより都市建設のような」


 モニターの向こうで、怪獣が島の端から悠然と歩いてくる。足を一歩踏み出すたびに地面が揺れ、木々が薙ぎ倒されていく。空港の滑走路に並んだ五台の車両が、ミニカーのように見えた。30メートル超の怪獣と、せいぜいが数メートルの車両たち。のどかでなくても不安になるスケール差だった。


「そもそも都市レベルのロボでどうするんですか? せめてあと三倍はいないと」

「だいじょーぶだいじょーぶ。それより書類の方できた?」

「あ、はい。あとは課長のハンコさえもらえれば」

「それじゃ——ほい、承認っと」


 ハンコが書類に押された。朱肉の跡が紙に滲む。

 その瞬間だった。


 モニターの中で、5台の車両が一斉に空へ跳んだ。

 地面を蹴る衝撃で滑走路のアスファルトにひびが走る。5つの車体が宙に浮き、同時に変形が始まった。

 救急車の車体が割れ、腕のパーツへと変形していく。赤いランプがそのまま肘の関節部に収まった。

 トラクターのキャタピラが展開し、巨大な脚部を形成する。泥がついたまま——そこだけ妙にリアルだった。

 路線バスが腰から下をがっしりと固定し、側面の電光掲示板が腰部の装甲板として嵌め込まれた。

 電柱整備車のアームが背部に折りたたまれて装甲になる。アームの先端だけが背中から突き出して、何かの砲身のように見えた。

 そして郵便配達車が胸部に収まり、赤い郵便マークが胸の中央で——紋章のように輝いた。


『チェェェエエエンジ・インフラーーーッッ!!!!』


 轟音とともに、5台が一体になった。大気を震わす衝撃波が、モニターのカメラを揺らす。


「どういう機構なんですかあれ……バランス無茶苦茶じゃないですか」

「勝ったな」


『公共合神マチヅクリン——推参ッッ!!!!』


 いつの間にか手にした大剣を構え、決めポーズ。夕陽を背に、巨大な影が怪獣と対峙する。

 怪獣の三分の二ほどの体高。だがその佇まいに、怯みは一切なかった。胸の郵便マークが夕陽を受けて、赤く燃えるように光っている。


「どうして胸部が郵便配達で、トラクターが脚で、背中が電柱なのに――かっこいいんですか」

「男の子のロマン回路ってやつだ」


 課長がどことなく嬉しそうな口調だ。

 それとは反対に怪獣が、心なしか苛立った様子で咆哮した。決めポーズの最中に口の奥に、父島を消し飛ばしたあの光が溜まっていくとやがて熱戦が放たれる。

 マチヅクリンの装甲を直撃し爆発を起こす。父島を巻き込んでヘリを消し飛ばしたあの時と同じように画面が真っ白に覆われる。


『グワァアアア——おのれ、名乗り中に攻撃するなど紳士協定のわからぬ爬虫類め! これでも喰らえッ!』


 煙の中から、マチヅクリンが無傷で踏み出してきた。胸の郵便マークが、いっそう強く輝いている。


『市街地インフラ・オーバードライブ——年度末スペシャルッッ!!』


 信号が点滅し赤に変わる。サイレンが鳴り響くと空港の非常灯が連動するように明滅した。

 胸部の郵便マークが展開し、無数の小型ロケットが怪獣に殺到する。一発一発が郵便物のように正確に怪獣の急所を叩いていく。続けて路線バスのパーツが分離し、巨大な質量そのままに怪獣の胴体へ突撃した。「臨時」の電光表示が、衝突の瞬間まで点灯していた。

 30メートルの巨体の怪獣がたたらを踏む。

 その隙を逃さず、背部の電柱アームが展開した。先端に凝縮された光が一条のレーザーとなって怪獣の体を貫いた。

 数秒後、一瞬無音になるも派手な轟音とともに、怪獣の巨体が崩れ落ちていく。

 島の地面が震え、海岸に巨大な波が押し寄せた。


 モニターの前で、のどかは呆然としていた。

 画面の中では、マチヅクリンが煙の向こうに立っている。夕陽を背に、胸の郵便マークが静かに光っていた。


「……承認さえ通れば、国家災害すら都市災害になるんですね」

「日本の平和は書類で守られてるんだ」


 課長が空になったマグカップを置いた。その手が、ほんの一瞬だけ緩んだことにのどかは気づかなかった。


「この職場で生き残るために、私も頑張ります」

「おう。まずは事後処理の書類からな」

「……はい」


 のどかはパソコンに向き直った。画面には、さっき自分が打った「都市災害」の文字が残っている。

 国家災害を都市災害にすり替える書類。正しいのか正しくないのか、のどかにはまだわからない。ただあのハンコが押されなければ、マチヅクリンは出動できなかった。それだけは確かだった。

 事後処理の書式を開く。指がキーボードの上を走り始めた。



 ――業務日誌――


 案件名:首都圏接近怪獣案件

 発生場所:伊豆諸島~大島

 災害区分:都市災害

 被害状況:父島および島嶼部一部損壊、大島空港滑走路破損、山林倒壊

 対応:インフラ系ロボ合体(公共合神マチヅクリン)による怪獣撃破

 備考:承認経路の簡略化について要検討(課長所見)。


 ※観測できない災害は人災扱いとして処理済

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