表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/32

第8話③「あなたは楽しそうでした」

 ◆


異変は、翌日の昼過ぎに起きた。

 最初に気づいたのは、窓際にいたエミリだった。


「……あの、空に何か出てませんか」


 のどかが顔を上げて窓の外を見た。青空の真ん中に、半透明の文字列が浮かんでいた。白い枠線で囲まれたウインドウ。見覚えのあるフォント。ゲームのUI画面にしか見えないデザインが、雲と雲の間にぽっかりと表示されている。


『メンテナンス終了のお知らせ

 大型アップデートver.7.2を適用しました。

 ゲームを更新してください。

 ※データ量が多いためWi-Fi環境を推奨します』


 オフィスが静まり返った。


「……えっ」


 のどかの声は、たぶん課内の全員と同時だった。

 空に、ゲームのメンテナンス告知が出ている。見間違いではない。窓から見える範囲だけでなく、通信課からの報告によれば、この表示は都内全域にまたがって確認されている。

 告知の下に、プログレスバーが現れた。


『ダウンロード中…… 3%』


 じわじわと数字が動いて、バーの青いゲージが少しずつ伸びていく。空全体がスマホの画面になったような、悪い冗談のような光景だった。

 街の人々も足を止めて空を見上げている。

 各地から「空に何か出ている」という報告が次々あがってくる


「解析班、あの表示を消す手段は」


 課長代理が冷静に指示を出す。しかし返答は芳しくなかった。通信課にもシステム課にも、あの表示を制御する手段がない。どこかのサーバーから投射されているわけでもない。ただ空に表示されている。物理的な説明がつかない現象だった。


 のどかはモニターに向き直りながら、隣のデスクでヨルが妙な顔をしているのに気づいた。気だるげな普段の表情とは違う、何か心当たりがあるような顔。


「ヨルさん?」

「……これ、私がやってるやつなんだけど」


 ヨルが低い声で言った。視線は空に浮かぶUIに固定されている。


「やってる……?」

「ソシャゲ。私のスマホに入ってるのと同じゲーム」


 エミリが目を丸くした。のどかも一瞬、言葉を失った。空に浮かんでいるのは、ヨルがプレイしているソーシャルゲームのアップデート画面。


「運営に問い合わせましょう。連絡先は――」


 課長代理がすかさず言ったが、ヨルが首を振った。


「ないのよ」

「……ない?」


「連絡先。問い合わせフォームも、運営会社の情報も。調べたことあるけど、実体がないの。会社名はあるのに登記が存在しない。ゲームは動いてるし、アプデも来る。でも誰が運営してるかは、誰にもわからない」


 沈黙が落ちた。のどかは空のプログレスバーを見上げた。


『ダウンロード中…… 47%』


 着々と進んでいる。運営が存在しないのに。


「――原因究明は後回しにしましょう」


 課長代理の声が、沈黙を断ち切った。


「まず目の前の状況に対処します。ヨルさん、ゲームの仕様を教えてもらえますか」

「ええ」


 ヨルが頷いた。課のモニターにゲームがインストールされたのは、それから十分後のことだった。


  ◆


『ダウンロード完了。アップデートを適用します』


 空にその文字が表示された瞬間、ゲームのホーム画面が展開された。

 色鮮やかなイラストとBGMが青空に重なって、街全体がゲームの起動画面の中に入ったような異様な光景になった。空からBGMのファンファーレが聞こえる。

 そして――実体化が始まった。

 最初は小さかった。公園のベンチの上に、ゲーム内の★1モンスターがぽんと出現した。スライム型の、丸っこいやつ。続いて★2の骸骨兵が交差点に現れて、信号を見上げている。

 防衛軍に電話がけたたましく音をたてた。


「ヨルさん、あれは?」


 のどかがモニターの映像を指差すと、ヨルは淡々と答えた。


「最弱クラスね。このゲームはキャラクターにレア度があって、★1から★7まである。★が多いほど強くて希少」


 ヨルはスマホを操作しながら、手持ちのキャラクターを出撃させた。

 課のモニターにインストールされたゲーム画面と連動して、現実に味方キャラが実体化する。★3の剣士がスライムを一刀両断し骸骨兵も★4の魔法使いで処理した。


「雑魚ね」


 ヨルは涼しい顔だった。

 だが、それは序章に過ぎなかった。

 10分後。★3の獣人戦士が駅前に出現した。三十分後には星4の暗黒騎士が商店街で暴れ始めた。通報が加速度的に増えていく。


「ヨルさん、次は?」


「★4。中堅クラス。手持ちの★5で何とか」


 ヨルのスマホ画面に★5のキャラが展開される。現実にも実体化して、暗黒騎士と交戦。しかし数が多すぎる。一体を倒している間に、別の場所から新たなキャラが出現する。


「……くっ、イベント配布の★6じゃ火力が足りない」


 ヨルの眉がわずかに寄った。のどかは初めてこの人が焦った顔をするのを見た。


「イベント配布とガチャ産って何が違うんですか」

「性能が段違いなの。同じ★6でも、ガチャで引いた子はステータスもスキルも配布とは比較にならない。……でも私のガチャ産は遠征に出してて、今すぐ戻せない」

「それじゃ新たにガチャを回せば」

「石がそんなにないのよ、課金もなぜかできない仕様になってるし」


 通信課から新たな報告が入る。★5クラスの出現が確認され始めた。現場のヒーロー部隊も対応に当たっているが、ゲームキャラの物量に押されている。

 ヨル一人の手持ちでは、限界が見えていた。


  ◆


 課長代理が動いたのは、その瞬間だった。

 課のモニターに向かい、ゲームの仕様書やキャラクター一覧、スキル詳細のページを次々と開いていく。攻略サイトやwikiも並行して参照しながら、膨大な情報を猛スピードでスクロールして読み込んでいく。


 横で見ていたのどかは画面の情報量についていけなかった。

 ゲームの仕様や用語は馴染みがないし、ステータスの数値表やスキルの効果説明はほとんど暗号に見える。でも課長代理はそれを次々と吸収している。時折メモを取りながら、別の情報と照合し、頷いたり首を傾げたりしている。

 数分後、課長代理の手が止まった。キャラクター一覧のページと、フレンドガチャの仕様ページを並べて見比べている。


「……ヨルさん。フレンドガチャって、ゲーム内通貨だけで回せますよね」

「ええ、そうだけど。あれは低レアしか出ないわよ。せいぜい★3が天井よ」

「★3で大丈夫です。『傭兵ロレン』というキャラクターがいますよね」


 ヨルが一瞬、目を見開いた。


「ロレン? あの中堅キャラ? 序盤にはお世話になるけど、今の環境じゃ――」

「フレンドガチャの排出仕様を見ていたんですけど、このキャラの召喚上限が設定されていないみたいなんです。そしてこのキャラのスキルと仕様がちょっとかみ合ってなくて……ロレンはフレンドガチャの排出対象だから、理論上は回した分だけ出てくる。――これ、使えるんじゃないでしょうか?」

「……それ、バグ技じゃないの」

「仕様上の穴ですね。でも今は動きます」


 課長代理はモニターに向き直って、フレンドガチャの画面を開いた。


「試していいですか」


 ヨルは一瞬だけ沈黙してから、小さく笑った。


「……正攻法じゃなくて裏道を行くわけね。いいわよ、やって」


 課長代理がフレンドガチャを回し始めた。ゲーム内通貨が減っていく。画面にエフェクトが走るたびに、同じ顔のキャラクターが出現する。


『酒でも一杯奢ってくれよ。俺はしがない傭兵さ』


 召喚ボイスが鳴った。

 もう一回。


『酒でも一杯奢ってくれよ。俺はしがない傭兵さ』


 もう一回。もう一回。もう一回。


『酒でも一杯——』『俺はしがない——』『一杯奢って——』


 モニターの中で、傭兵ロレンが増殖していく。同じ顔、同じ鎧、同じ台詞。そして現実でも街のあちこちに、同じ傭兵が次々と実体化し始めた。


「す、すごい数……」


 のどかがモニターを食い入るように見つめる。画面の向こうに、何十体ものロレンが展開されていく。一体一体は★3。大した強さではない。でもこの数が揃うと。

 ★4の暗黒騎士がロレンの群れに囲まれた。一体一体のダメージは小さい。でも四方八方から同時に剣が振り下ろされる。

 ★5の魔獣がロレン軍団に突っ込んだが、倒しても倒しても新しいロレンが現れる。数の暴力である★3の群れが、★5を押し潰していく。


『酒でも一杯奢ってくれよ。俺はしがない傭兵さ』


 街中にこの台詞が反響していた。

 束の間の安堵が、課内に広がった。のどかも小さく息を吐いた。


「やりこんでるのに知らなかったわ、あの穴。正攻法でしか遊んでなかったから……」

「仕様を端から読んでいったら、たまたま見つけただけです」


 ヨルが少し悔しそうな顔をした。課長代理は穏やかに微笑んでいる。

 しかし、安堵は長くは続かなかった。

 空に新たなウインドウが浮かんだ。


『【緊急メンテナンスのお知らせ】

 一部不具合の修正を行います。

 メンテナンス中もゲームはプレイ可能ですが、

 一部仕様が変更される場合があります。

 ご不便をおかけしますがご了承ください。』


 課内が凍りついた。


「……メンテ? 今?」


 のどかの声が裏返った。課長代理の表情が一瞬だけ厳しくなる。


「穴が塞がれたんでしょうね。運営がいるのかいないのかわからないけど……動いた」


 空のウインドウに「メンテナンス中……」の表示が出て、数秒後に消えた。あっさりと。


『メンテナンス完了。

 以下の不具合を修正しました。

 ・フレンドガチャにおける同一キャラクター召喚上限の未適用(修正済)』


 その瞬間、街中に展開されていたロレン軍団の動きが変わった。

 味方だったはずのロレンたちの目から光が消える。統制が外れたように、てんでばらばらに動き始める。ゲーム画面を確認すると、召喚上限が「1体」に修正されていた。

 味方のロレンは一体だけ残って、残りは全て野良化――つまり、敵に回った。


「嘘でしょ……」


 のどかが呟いた。モニターの向こうで、たった一人の味方ロレンが大量の自分自身に囲まれている。


『酒でも一杯奢ってくれよ』『酒でも一杯奢ってくれよ』『酒でも一杯奢ってくれよ』


 同じ顔、同じ声が四方から迫ってくる。味方ロレンは剣を構えたが、多勢に無勢だった。

 袋叩きにされあっという間にHPが削られていく。最後の一撃を自分と同じ顔のロレンに受けて、味方ロレンは光の粒子になって消えた。


「……しがない傭兵が、しがない最期を……」


 エミリが思わず合掌した。


「感傷に浸ってる場合じゃないわ」


 ヨルが鋭く言った。大量のロレン軍団が敵としてうろつき始めている。もともと街中にいた暴走キャラに加えて、ロレンまで敵にまわり状況は悪化している。

 課長代理がキャラクター一覧のページに戻った。★1のキャラクターを一体ずつ確認していく。


「……いた」


 指が止まった。画面には地味な風貌のキャラクターが表示されている。


「取立屋デグニル。★1。――ヨルさん、ロレンの公式設定のサブストーリーって、借金まみれで夜逃げ同然に傭兵になったですよね」

「そうだけど……え、まさか」

「デグニルのスキルは『債務執行』。この現実になった世界でロレンの公式設定が夜逃げなら」


 課長代理はフレンドガチャを一回だけ回した。星1のエフェクト。地味な光。

 画面に、帳簿を抱えた小柄なキャラクターが現れた。

 取立屋デグニルが実体化した瞬間、街中に響き渡る声が変わった。


「借金返せぇぇぇぇ!!」


 帳簿を振りかざしたデグニルが、ロレン軍団に向かって突進していく。★1。ステータスは最底辺。でもスキルは公式設定に基づく強制執行。

 ロレンたちの動きが変わった。一体、また一体と、剣を捨てて走り出す。


『すまねぇ、取り立てが来たんでな!』


 公式設定通り――夜逃げ。

 ロレン軍団が一斉に逃げ出して、光の粒子になって消えていく。同じ顔が同じ台詞を言いながら、次々と消滅していく。


「……なぜ★がここまで有能なんですか」


 エミリが呆然と呟いた。のどかも言葉がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ