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第6話「出撃! 五年二組 勝利のカギはジャンケン!?」

 課内に警報が鳴ったのは、のどかがようやく今日三杯目のコーヒーに手を伸ばしたときだった。

 甲高い電子音。モニターに赤い文字が走る。


『都市災害警報。首都圏第七区画に所属不明の機動兵器、三体確認。市民の避難を開始してください』


 のどかはコーヒーを置いた。三杯目は、また後になりそうだった。


「またロボですか」

「オービタルズの残党だな」


 のどかはモニターに表示された敵機データに目を走らせた。

 組織名『オービタルズ』正式名称は軌道人類。

 この世界とよく似た世界線の未来から来た、宇宙移民の組織であり、政治的にはアステロイド・コモンズとも呼ばれている。


「オービタルズ……また残党ですか。過去にコロニー落としを実行しようとした凶悪なテロ組織ですね」

「別口だ。あれ以降、ちょこちょこ出てくる」


 夜勤明けでまだ課内に残っていたヨルさんが、自分のデスクでコーヒーを啜っている。気だるげな目がちらりとモニターを見て、すぐ に逸れた。興味なさそうだった。

 モニターの端に映っている部長がデスクに足を乗せかけたまま、やさぐれた声を出した。


「まぁ残党は残党よ。そんな大層なもんじゃないわ」

「ただ、腕はあるぞ」


 課長がぼそりと付け加えた。モニターの敵機データに目を落としている。


「で、スクランブル対象は」


 課長が端末を操作し、大型モニターの映像が切り替わる。

 小学校の教室だった。

 窓から午後の日差しが差し込んでいる。黒板には「5年2組」の文字。机が整然と並び、子供たちが席に座っている。

 どこにでもある普通の教室に、のどかは一瞬、画面を見間違えたかと思った。


「……課長」

「ん」

「これ、小学校ですよね」

「5年2組だ」

「いえ、それはわかるんですけど。小学校ですよね」

「5年2組だ」


 課長の声は一ミリも変わらなかった。

 部長が椅子の背もたれにもたれたまま、天井を見上げた。


「教育機関登録ロボよ。地域密着型で反応が速い。今日の当番は5年2組」

「当番」


 のどかはその単語を、もう一度心の中で繰り返した。都市災害の対応に「当番」という概念があるのか。

 エミリが静かに口を開いた。


「……あの、都市災害の相手を、小学生に任せるんですか」

「小学生じゃない。5年2組よ」

「いや同じですよね!?」


 のどかとエミリが同時に声を上げた。


 ◆


 モニターの映像が、教室の内部を映している。

 担任らしき女性教師が、教壇に立っていた。手にはプリントの束が見える。


「はい、それじゃ今から算数のテストを——」


 その瞬間、教室の天井の隅に取り付けられたスピーカーから、聞き慣れた電子音が鳴った。

 一瞬の沈黙。そして教室が、爆発した。


「スクランブルだー!!」

「うおおおお!!」

「算数テスト中止!!」


 子供たちが一斉に立ち上がる。椅子がガタガタと鳴り、歓声が上がる。遠足の行き先が発表されたような騒ぎだった。

 担任が冷静にプリントの束を教卓に置いた。


「中止じゃありません。帰ってきたらやります」

「えーーー!!」

「えーじゃありません」


 子供たちのブーイングを意に介さず、担任は黒板の端に「帰還後、算数テスト」と書き添えた。それから教室の壁にあるパネルを操作する。慣れた手つきだった。

 パネルに緑のランプが点灯する。

 低い振動が、教室全体に伝わり、机が動き始めた。

 天板がかたかたと震え、引き出しが軋む。やがて机の脚が床から浮き上がり、天板が観音開きのように割れた。

 中から機械の駆動部が露出すると、びっしりと機構が詰まっていた。

 三十数台の机が、一斉に変形を始めている。それぞれが別々の部位を形成しながら、教室の中央に向かって集まっていく。

 壁がスライドして天井が開き、組み上がっていく機体が空に向かって伸びていく。

 子供たちはまったく慌てていなかった。自分の机が足元から変形していくのを、跳び箱を跳ぶ前のような顔で見ている。何人かは変形する机の上に座ったままだ


「おー、今日もちゃんと動くじゃん」

「ハヤトの机、また右腕か。先週もだったのに」

「右腕がいいんだよ! パンチ係だぞ!」

「給食のプリン賭けようぜ」

「いいよ。勝ったら2個な」


 のどかは、その光景を見ながら思った。

 なぜ机がロボになるのだろう。

 誰が設計したのだろう。教育的な意図があるのだろうか。それとも予算の都合だろうか。考えても答えは出ない気がした。


「……あの子たち、完全に慣れてますね」

「恒例行事だからな」


 エミリの静かな呟きに課長が淡々と答えた。


 モニターの中で、巨大ロボが完成した。学校の校庭に立ち上がるその姿は、堂々たるものだった。ただし、よく見ると装甲の一部に木目調が残っている。天板の模様だった。

 子供たちはコックピット、もとい統合操縦席に収まっていた。三十数名が一つのロボを操縦する。席の配置は教室のままで担任の席が指揮官席らしい。

 担任の声が通信に乗った。


『5年2組、出撃準備完了。全員シートベルトは締めましたか?』

『はーい!』


三十数名の声が揃う。元気がいい。


『5年2組、出撃します』


ロボが一歩を踏み出した。校庭の地面が揺れる。


 ◆


 モニターに、敵機の姿が映った。

 三体の機動兵器が、三角形の陣形を組んで待ち構えている。紫がかった装甲を持つオービタルズの残党機だ。

 傍受された敵の通信がはいる。


『我ら宙影の三連星。赤い悪夢の無念を晴らすために参った』


低いベテランを思わせる落ち着いた声色だった。


「赤い悪夢……」


 聞き覚えのあるワードにのどかが眉をひそめる。

 少し前に部長から見せてもらった映像に出てきたあの赤い機体。


「……やっぱりなんか中二っぽいですね」


 課長が本当に一瞬だけヨルさんのほうに目をやる。

 ヨルさんはコーヒーを啜っていた。完全に無反応で画面すら見ていない。


敵の通信が続いている。


『呑気な風景だな。だが忘れるな、この地は敵地であり戦地だ』

『過去にあの赤い悪夢すら、黒衣の魔女に落とされている! 油断は死を意味する!』

『覚悟しろ、地球の防衛軍! 宙影の三連星の力、見せてやる!』


 三機が陣形を整え、ベテランらしく圧を放ち気負ってすらいない威圧感を見せる。

 画面越しにも戦場慣れした空気が伝わる。

 それに対して、5年2組の操縦席から聞こえてきたのは――


『今日の給食なにー?』

『カレーだってー!』

『やったー!!』


 緊張感のカケラもない、ある意味大物の風格を漂わせていた


 ◆


 口火を切ったのは三連星だった。

 三角形の陣形のまま、一糸乱れぬ機動でロボに迫る。


『デルタ・スピア、発動!』


 三体が同時に加速する。完璧な角度とタイミングによる三方同時攻撃。数々の実践で磨き上げた必勝の連携。

 それに対しロボが、正面を向いたまま迎え撃つ。


『うわっ、左から来た!』

『えっ右も!』

『どれ叩く!?』

『じゃんけんで決めよー!』

『じゃーんけーん——』


 ロボの右腕が、唐突に左方向に振られた。

 三連星の一番機が、反応できなかった。完璧な陣形の左翼が、小学生のじゃんけんの結果で殴られて吹き飛んだ。


『――なっ!? 馬鹿な、あの陣形を読んだのか!?』


 読んでいない。じゃんけんの結果がたまたま左だっただけである。

 残る二機が体勢を立て直す。


『怯むな! 二番機、旋回して挟撃だ!』

『了解! この子供の相手、舐めてかかった俺たちが――』

『ねぇねぇ、今日のカレーってチキン? ビーフ?』

『チキンがいいなー』

『えー、ビーフでしょ!』

『多数決しよう! チキンの人ー!』


 ロボの左腕が挙がった。

 それは操縦桿の入力と連動し、二番機の顔面に挙手がめり込んだ。


『――ぐはぁっ!?』


 のどかとエミリは額に手を当てモニターを見つめる。


「……給食の話しかしてませんよね、あの子たち」

「挙手で……敵を……」

「給食三連星ってところかしら」

「部長、それはやめてください」


 部長の呟きに課長が淡々と釘を刺した。


 ◆


『俺たちの矜持を……宙影の名を……ここで終わらせるわけにはいかん!』


 三番機が最後の突撃を仕掛ける。

 悲壮な覚悟を滲ませ全出力の突進。赤い装甲が光を弾いて、5年2組のロボに迫る。


『ねぇ、帰ったらテストでしょ? 答え教えてよ』

『えー、自分でやんなよ』

『問三だけ! 問三だけでいいから!』

『しょうがないなー。出撃の時間割いてあげるよ』

『こら。テストの答えを教え合わない。あと前見て。敵が来てます』

『あ、ほんとだ』


 担任の声が割り込みロボが片手をあげると、突進してくる三番機を掴んだ。


『おー! 捕まえたー!』

『投げよう投げよう!』

『せーのっ!』


 三番機が投げ飛ばされ、市街地の外れに着弾し爆発を起こす。

 通信に、途切れ途切れの声が入った。


『――俺たちの、未来が……給食に……』


 モニターに「脅威排除完了」のテキストが表示された。


 ◆


 操縦席というか教室から、子供たちの声が弾けていた。


『やったー!』

『給食だー! 早く帰ろー!』

『プリンつけてー! 今日頑張ったからプリンつけてー!』

『プリンは献立に入ってません。あと帰ったら算数のテストです。忘れてないですよね?』

『えーーーーー!!』


 モニターの向こうで、子供たちの悲鳴が上がった。都市災害よりもテストのほうが脅威らしかった。

 のどかはデスクに突っ伏しそうになるのを堪えていた。


「……課長」

「ん」

「あのロボ、本当に子供たちが操縦してるんですか。じゃんけんと挙手でオービタルズのエース部隊を壊滅させるの、どう考えてもおかしいですよね」

「考えるな」


 課長は6杯目になろうとしているコーヒーをそそいでいる。


「考えるなって言われても……あの子たちの操縦、全然戦闘に関係ない動きでしたよね。それで完璧に敵を倒してるの、明らかに本体が自分で動いてますよね」

「あれは搭乗型だ。登録上はな」

「登録上は……」

「本人もそう言い張ってる」


 のどかは少し間を置いた。


「本人……ロボが、ですか」

「搭乗型の操縦系ロボットである、と。書類にもそう書いてある」

「どう見ても自立型のスーパーロボですよね」

「そうだな」


 課長の声には何の感情もなかった。

 のどかは一つ、気になっていることがあった。


「あの、課長。さっき部長が『当番は5年2組』って言ってましたけど……あのロボ、子供たちが卒業したらどうなるんですか」

「次の5年2組が乗る」

「……つまり、毎年メンバーが入れ替わるんですか」

「そうだ。大事なのはあの子たちじゃない。5年2組という教室だ。代々受け継がれていく」


 のどかはその言葉を噛み締めた。子供たちではなく、5年2組。個人ではなく、枠。


「……あのロボ、子供たちのことが好きなんじゃなくて、5年2組という概念が好きなんですか」

「さあな。ただ、一つだけ確かなことがある」


 課長がモニターに目をやった。


「あいつは子供を乗せないと、テコでも動かない。何があってもだ」

「……」

「都市災害が来ようが、国家災害が来ようが、子供が乗ってなければ微動だにしない。ただの机だ」


 のどかは少し考えて、恐る恐る口を開いた。


「……それって、ある意味……」

「ん?」

「子供を乗せないと動かないロボって……通報案件では……」


 課長の手が止まった。コーヒーカップを口元で止めたまま、一拍。


「……あいつはなんもしてないからな」

「いえ、でも、客観的に見ると――」

「なんもしてないんだ。机がたまたま変形して、子供がたまたま乗って、敵がたまたま倒れた。それだけだ」

「たまたまが多すぎませんか」

「世の中そういうこともある」


 課長はコーヒーを啜った。それから、ぼそりと付け加えた。


「……まあ、人材はいくらあっても足りないからな。動いてくれるなら、こっちはありがたい」


 その声は独り言のようだった。本音が、ほんの少しだけ滲んでいた。

 エミリがまだ相変わらず頭を抱えながら呟いた。


「じゃんけんと挙手で、オービタルズのエース部隊を……」

「都市が守られりゃそれでいいのよ」


 部長が足を組み替えた。あいかわらずデスクにかわいいあんよが乗っかっている。

 ヨルさんはいつの間にか、静かに席を立っていた。空になったコーヒーカップだけがデスクに残っている。夜勤明けの退勤時間は、とっくに過ぎていた。

 のどかはモニターに目を戻した。

 画面の中では、5年2組のロボが元の机に戻る変形を始めていた。装甲板が天板に戻り、関節が脚に収まり、教室が元通りに組み上がっていく。

 子供たちが自分の席に戻っていく。何事もなかったかのようにただの机が並ぶ。

 さっきまで都市災害を鎮圧していたとは、とても思えない風景だった。

 担任がプリントの束を手に取った。


『はい、それでは算数のテストを始めます。机の上を片付けてください』


 子供たちの悲鳴が、再び響いた。都市災害よりもテストのほうが、五年二組にとっては遥かに脅威らしかった。



 ――業務日誌――


 案件名:オービタルズ残党(宙影の三連星)による市街地侵攻

 発生場所:首都圏第七区画

 災害区分:都市災害

 被害状況:市街地への軽微な損壊。民間被害なし

 対応:教育機関登録ロボ(5年2組)出動。即時鎮圧

 備考:敵機三体、全機撃破。五年二組の児童に負傷者なし。帰還後、算数テスト実施済みとの報告あり

 

 ※観測できない災害は人災扱いとして処理済み。

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