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第4話②「業務として推しを監視しています。業務です」

 ◆


 画面が回復したとき、配信の映像は一変していた。

 スタジオの背景は消えている。映っているのは、現実の空だった。

 東京上空。ビル群を見下ろす高度に、何かが浮かんでいる。


 漆黒の翼。風もないのになびく長いマント。眼帯と包帯。悪魔の角に、鎖の装飾。

 配信上のアバターがそのまま、現実になっていた。

 空気が変わったのは、モニター越しにも分かった。

 圧。空間そのものが軋むような重さ。画面を通しているのに、肌が粟立つ。

 同時に、窓の外が暗くなった。

 課内の窓から見える空が、不自然に曇っている。雲が渦を巻いている。ここからでも見えるのだ。


「フハハハハハッ!」


 高笑いが配信のスピーカーから響いた。


「聞くがいい、愚かな人間どもよ!」


 腕を広げ、街を見下ろしている。マントが風もなくはためく。包帯の左腕が脈動するように光っている。


「我は堕天の魔帝! 七つの大罪を従えし者! 全てを混沌と無に帰す存在!」


 コメント欄が爆速で流れている。

「マジで出た」「ガチだった」「草」「草じゃねえよ」「性能ガチで草」「笑ってる場合じゃない」「防衛軍仕事しろ」「1位出てこい」


「まずはこの肩慣らしに国を支配してやろう!」


 堕天の魔帝が手を掲げた。空気が震える。雲が裂ける。

 のどかはモニターから目を離せなかった。


「……本当にリアル化してます。性能――計測不能です。センサー振り切ってます」


 エミリの顔から血の気が引いている。

 課長が静かにコーヒーカップを置いた。


「世界災害、確定だ。上に上げろ」


 コメント欄は止まらない。

「終わった」「日本、終了」「世界線が変わった」「逃げてえ」「でも配信は見る」「全人類が視聴中」


 ◆


 世界中の防衛軍が対応を協議している。通信が飛び交い、各国支部からの報告が上がり続けている。だが、対策が出ない。性能が桁違いすぎる。

 堕天の魔帝は空中で演説を続けていた。


「我が漆黒の竜が天を覆い――全ての光を飲み込み――」


 「演説長い」「中二ポエム」「でも空マジで暗くなってるんだが」「怖い」「いつ終わるの」「誰か止めてくれ」


 実際に、空は暗くなっていた。窓の外の雲が渦を巻き、太陽が翳っている。演出ではない。性能だった。


「この星を、我が闇で――」


 ――その瞬間

 配信画面の端から、光が差し込んだ。

 猛烈な光。雲を裂き、闇を貫き、空の半分を白く染める光。

 光の粒子が奔流のように空を走り、世界災害と化した男に向かって飛んでいく。

 「光竜の巫女」が飛来した。

 画面が二つに割れた。3位の配信画面の横に、1位の配信画面が並ぶ。

 光竜の巫女もまた配信中につき、同時視聴数が両者とも天文学的な数字を叩き出している。

 世界の命運を賭け、全人類が固唾を飲む。


「光vs闇」「きた!!!」「最終決戦」「1位が動いた!」「世界が救われる」「配信しながら戦うな」


 画面の中、光と闇がぶつかった。

 光の竜と漆黒の竜が空で交錯し、衝撃波が雲を吹き飛ばす。光と闇が入り混じり、空が白と黒に明滅する。映像だけ見れば、神話の時代の戦いだった。

 スピーカーから流れてくる音声は――


「アンタ何やってんの!!」


 1位の声だった。光の巫女の設定も、竜の加護も、歌姫の肩書きも関係ない。ただの怒った女の声だった。


 コメント欄が一瞬止まった。

「え?」「アンタ?」「知り合い……?」「え、待って」


「ね、姉さ——いや、我に姉などという概念は――」


 コメント欄が爆発した。

「姉!?」「姉さって言った!!」「まさかの姉弟!?」「リアル家族バレwww」「光と闇が血縁」「そういうことかよ」「1位と3位が姉弟ってマ?」


「何が概念よ! アンタの配信見てたら急にリアル化して国を支配するとか言い出して! お母さんから電話来たんだけど!?」


 コメント欄が止まらない。

「お母さん!?」「緊急家族会議」「リアル家庭事情が全世界配信」「光属性の暴力」「姉ガチギレ」「お茶の間が宇宙規模」


 画面の中では、光の竜が漆黒の竜を押し返している。

 映像としては壮大だった。神々しい光が闇を切り裂き、空が晴れていく。

 音声は完全に姉弟喧嘩だった。


「そもそも、いつまで中二やってるの!? もう二十歳超えたでしょ!?」

「これは中二ではない! 我が真の姿――」

「真の姿じゃないでしょ。アンタの真の姿はパジャマでポテチ食べてる姿でしょ」


 コメント欄:「パジャマポテチwww」「真の姿、暴露」「闇の魔帝の真実」「姉ちゃん容赦ねえ」「もっと」「プライベート助かる」


 光の竜が漆黒の竜を踏みつけた。映像的には、光が闇を打ち破る瞬間だ。


「小学生のとき、おねしょ隠してたの誰だっけ?」

「やめろ! それは関係ない!!」

「布団裏返して知らんぷりしてたよね? お母さんにバレてたけど」

「やめろぉぉ!!」


 コメント欄が過去最速で流れている。

「おねしょは草」「布団裏返しwww」「お母さんにバレてた」「全世界配信でこれ」「黒歴史もっと晒せ」「魔帝の品格」「腹筋が世界災害」「はじまったな」


「中学の卒業文集に『世界を支配する』って書いて先生に呼び出されたのは?」

「全世界に配信するなぁぁぁ!!」

「高校の文化祭で闇のマントつけて歩いてたら階段で裾踏んで転んだの、動画残ってるけど流す?」

「流すなぁぁぁぁ!!」


「動画あるのwww」「残してる姉が最強」「闇属性、階段に敗北」「姉、最強」「人類の希望は姉」「もう許してやれ」「いやもっとやれ」「家庭内最終兵器」「姉より優れた弟など存在しない」


 画面の中で、弟の翼が萎えていた。

 さっきまで空を覆うほど広がっていた漆黒の翼が、傘を閉じるようにしぼんでいく。マントが垂れる。眼帯がずれて、その下の目はただ泣いているだけだった。包帯の左腕は脈動をやめ、だらりと下がっている。

 世界災害級の存在が、姉の前で崩れていく。


「アンタね、そもそもその設定、お母さんのラノベ棚から丸パクリでしょ」

「…………」


 コメント欄:「トドメ」「丸パクリ」「お母さんのラノベ」「オリジナルですらなかった」「闇の魔帝、完全敗北」「姉、最強」「なにげに母親の黒歴史バレ」「ママ竜はよ」


 太陽が戻ってくる。雲が晴れ、空が青に戻る。

 画面の中で、弟がゆっくりと地上に降りていく。翼は小さくなり、マントは地面に引きずっている。

 泣いていた。全世界配信で、泣いていた。


 姉が隣に降り立った。腕を組んで、弟を見下ろしている。光の竜の巫女の衣装はそのままだが、表情は完全に「姉」だった。


「反省した?」

「……はい」

「もうしない?」

「……しません」

「よろしい」


「終戦」「和解」「姉弟の絆」「泣いてる」「魔帝かわいそう」「いや自業自得だわ」「世界、救われる」「姉がMVP」「今年のベスト配信」


 のどかは口を半開きにしたまま、しばらく動けなかった。

 エミリは両手で口を押さえている。目が潤んでいるのは感動なのか笑いなのか分からない。

 課長がコーヒーを啜った。表情は変わらない。


「……姉弟喧嘩だな」

「……世界災害が……終わりました」

「解決したならいい。書類出しとけ。世界災害の処理だ、量は多いぞ」

「はい……」


 ◆


 数日後。

 課内は通常業務に戻っていた。Vチューバー騒動の書類の山はまだデスクに積まれているが、空気は穏やかだった。


「課長、そういえば元2位の方も1000万人突破したそうです」

「どうなった?」


 モニターに映っているのは田んぼだった。

 麦わら帽子をかぶった男が、泥だらけで田植えをしている。配信タイトルは「今日の田植え」。周囲には光のエフェクトも闇のオーラもない。ただの田んぼと、ただのおっさんと、ただの稲。

 空は青い。風が稲を揺らしている。蛙の声が聞こえる。


 コメント欄が穏やかに流れている。

「米がうまい」「農家最強」「しょうじき一番好き」「世界は平和だ」「今日も田んぼ」「ずっとこれでいい」「ちょっと用水路の様子見てくる」



「……農作業を配信してます」

「ただの田植えですね」


 三人でしばらく、田んぼの配信を見ていた。

 蛙が鳴いている。おっさんが鍬を振っている。稲が風に揺れている。

 課長がコーヒーを啜った。


「……平和が一番だな」



 ――業務日誌――


 案件名:アバターリアル化現象

 発生場所:都内上空、その他一部の地域

 災害区分:世界災害(弟)/国家災害(姉)

 被害状況:人的被害なし。物的被害なし。気象庁からの問い合わせ3件(姉の大気圏振動)、センサー誤反応累計47回(姉の流星演出)、北米支部より書類1件(姉の領海無許可侵入)。

 対応:1位「光の竜の巫女」――攻撃性なし、監視継続。3位「堕天の魔帝」――国家支配を宣言するも、1位(実の姉)が個人介入し無力化。防衛軍の戦力は未投入。2位「農家のおっさん」――農作業配信中。被害なし。対応優先度最低。

 備考:公式記録上は「1位による光属性干渉で3位を無効化」と記載。実態の詳細は省略。リアル化条件は「登録者1000万人突破+記念配信中」と暫定推定、今後も上位配信者を継続監視。


 ※観測できない災害は人災扱いとして処理済み。

次回から週に2、3回の更新にさせていただきます。

基本は火、金の予定で、その週で話が終わるように頑張ります。

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