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第4話①「業務として推しを監視しています。業務です」

 朝の課内は、いつもと空気が違っていた。

 全員の視線がモニターに集まっている。映っているのは防衛軍の監視映像ではなく、動画配信サイトだった。

 再生されているのは、昨夜の動画のアーカイブ。

 人気Vチューバーランキング世界1位「光竜の巫女」。

 Vチューバ―では史上初となる1000万人突破記念配信。その配信中に、世界初の現象が起きた。

 アバターがリアル化したのだ。


 画面の中には、女性がいた。

 清楚な衣装に竜の紋様。長い髪が光を帯びて揺れている。背景には青空と雲ではなく地上が映っていた。彼女は空中にいた。配信上の設定『竜の加護、 光の巫女、歌姫』がそのまま現実に顕現したのだ。

 誰も予測していなかった事態に、防衛軍はあわてて事後対応で国家災害級に指定。

 ママやパパと呼ばれる専門家を呼び出し協議の結果、各種設定から推測される性能基準をもとに選定された。

 なお調書によると「ウチの娘は最高だろぉぉん?」「設定は盛っても胸は絶対に盛らない!」「回収回収っ、娘のゆりかもめ行きは禁止ですっ!!などと熱く2時間ほど推し語りをされたと記載されている。

 各国支部の連携のもと厳戒な監視体制を敷いている中、

 ――で、当の本人はというと。

 「うわぁぁ何これ何これ!? 飛んでる!? え、私飛んでる!?」と大騒ぎしたその後、泣いた。「でも1000万人ありがとうございます……!」と泣いた。


 のどかはアーカイブを見ながら、小さく息を吐いた。


「……これが昨夜の映像ですか」

「リアル化の瞬間から二時間ずっと泣いてますね」

「で、今は何をしてる」


 のどかがモニターをアーカイブから現在の生配信へと切り替えた。


「皆さん、本当にありがとうございます……っ! 一人一人読みますからね……!」


 コメント欄:「おめでとう!」「泣くな泣くな」「神」「推しが実体化した」「スパチャ読みで何時間やるつもり」


 リアル化した姿のまま、1000万人突破のお礼配信にスーパーチャットを読んでいた。

 画面の右側にすさまじい速度でコメントが流れている。


「性能は国家災害級だ。行動が平和なだけで、指定は外せない」

「はあ……」

「監視は続けろ。配信が続く限り、な」


 のどかはモニターに目を戻した。

 画面の中では、国家災害級の存在が鼻をすすりながら「次の曲リクエスト受け付けますっ」と笑っていた。


 ◆


 監視は、数日にわたって続いた。

 課内のモニターには「光竜の巫女」の配信が映り続けている。一日も休まず配信している。リアル化してからのほうが配信頻度が上がっている。

 日を追うごとに、配信のスケールが変わっていった。

 ――ある日の夜の配信。

 満月をバックに、夜空の高いところに浮かんでいた。成層圏あたりだろうか。足元に夜景が広がり星が近い。

 その中で、光竜の巫女が歌っていた。

 光をまとった姿が、夜の地球を背景に浮かんでいる。歌声に合わせて光の粒子が散り、夜景の灯りと溶け合っている。地表への影響はゼロ。ただひたすらに、綺麗だった。

 コメント欄が流れている。

「成層圏ライブは草」「夜景をバックに歌うな」「画質が宇宙」「綺麗すぎて泣いた」「これ無料でいいの?」


 のどかは報告書を書く手を止めて、モニターを見ていた。


「……綺麗ですね」

「綺麗ですね……」


 エミリが隣で頷いている。二人とも、業務報告書のペンが止まっている。

 ――数日後。

 画面に映っていたのは、遠くに浮かぶ地球だった。

 青い星が、黒い宇宙の中でぽつんと光っている。手前には灰色の大地とクレーター。

 月面だった。

 光竜の巫女が、月の上に立って歌っていた。人類初の月面ライブを敢行している。

 歌声に合わせて流星がいくつも地球の方角に流れていく。演出として召喚しているらしい。月面の砂が光の粒子と一緒にゆっくり舞い上がっている。

 コメント欄が爆発していた。

「月面ライブwww」「人類初」「NASAに許可取ったの?」「取ってないだろ」「流れ星綺麗すぎる」「国家災害が月にいる」「もはや宇宙災害では」


 のどかが呟いた。


「月に行ってますね……」


 課長がちらりとモニターを見た。


「……あの流星の振動で大気圏が揺れてるんだぞ」

「え」

「被害はない。ないが、揺れてる」


 防衛軍のセンサーは流星のたびに反応していた。反応するたびに報告書が一枚増える。のどかの業務報告書はまだ一行目だった。


 ――そして、その翌日。


 画面に映っていたのは、海だった。

 水平線が360度広がっており、波は穏やかで空は快晴。太平洋だった。

 光の竜の巫女が、海面の上を歩いていた。とことこと。普通に、まるで散歩でもするように。


 配信タイトル「太平洋横断してみた(徒歩)」。


「徒歩」「徒歩て」「水の上歩くな」「救世主かよ」「雑談しながら太平洋歩いてて草」「今どのへん?」「ハワイ超えた」


 本人は海面を歩きながら、のんびり雑談をしていた。「いやー、お天気いいですね〜。海って広いなあ」と言いながら、光の足跡が水面に残っている。


 のどかはもう、報告書を書くふりすらしていなかった。

 エミリがそっと耳打ちする。


「私、メンバーシップ登録してしまいました」

「……わたしもです」


 課長は聞こえなかったふりをした。

 なお、この配信は思わぬアクシデントにより終了した。

 後日、「パスポート未所持の密入国者が合衆国領海に無許可で侵入した件について」デスクの上に置かれた書類はのどかが処理した。


 ◆


 だが、世間では別の話題が日に日に大きくなっていた。

 のどかがスマホの画面を確認する。ネットのトレンドに上がっている文字列。


「3位がリアル化したらやばくない?」


 Vチューバーランキング3位、「堕天の魔帝」。

 その配信プロフィールを、エミリが読み上げた。


「えーと、七つの大罪を従えし者、全てを混沌と無に帰す存在、神を超えし魔帝、死してなお蘇る不滅の王、銀河を統べる者――」

「……全部盛りですね」

「全部盛りです」


 課長がモニターから目を離さずに言った。


「設定だろうが、リアル化したら性能になる。1位でも国家災害級だ。あの設定が全部発動したら3位は国家じゃ済まない」


 モニターの中では、光竜の巫女が月面配信のアーカイブを流している。

 のどかはスマホの画面を見た。3位の登録者数が表示されている。900万を超えていた。そして、日に日に加速している。


 ネットのコメントが目に入った。

「堕天は絶対リアル化させちゃダメだろ」「光竜の巫女が平和だったからって油断するな」「設定見た? 地球滅ぶわ」


 ――数日後。


 3位の堕天の魔帝が、1000万人突破記念配信の実施を来週に告知した。


 ◆


 課内のモニターに、3位の配信画面が映っている。黒い背景に蝋燭の炎が揺れる演出。不穏なBGM。画面全体が厨二病を煮詰めて結晶化させたような世界観で塗り固められていた。

 画面の隅に、登録者数のカウンターが表示されていた。

 999万3000。スピーカーから、声が流れてくる。


「フハハハ……来たか。運命の刻が」


 低く、芝居がかった声。配信者本人の声だ。


「千万の魂が、我を呼んでいる……封印が、軋んでいる……」


「きた」「ドキドキ」「ガチで怖い」「地球最後の日」「性能ガチだったらどうすんの」「逃げろ」「いや最後まで見届ける」


 のどかはモニターの前で、ペンを握ったまま動けなかった。

 エミリが隣で身を乗り出している。

 課長がコーヒーカップを持ったまま、画面を見ている。


 カウンターが回る。

 999万8000


「この眼が……疼く……!」


 999万9000


「あと1000人」「カウントダウン」「もう止められない」「光竜の巫女は何してる?」「誰か止めろ」


 999万9800

 課内が静まり返っている。スピーカーから流れる弟の声と、コメント欄のスクロール音だけが聞こえる。

 999万9900


「来る……来るぞ……我が力が……目覚める……!」


 のどかの指先が冷たくなっていた。

 999万9990。

 ――10,000,000。

 画面が、黒く弾けた。

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