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第2話②「その魔法少女、契約書類提出してますか?」

 ◆


 深夜。都内某所の神社。

 境内は暗く、街灯の光がかろうじて鳥居の輪郭を浮かび上がらせている程度だった。

 のどかは社務所の影に身を潜めていた。隣には、今回補佐として配置されたヒーローがいる。

 中年の男性だった。

 スーツの上からヒーロー装備を着けている。胸部のプロテクターは立派だが、腹回りが少し窮屈そうだった。ベルトの上に、うっすらと肉が乗っている。


「すいませんね、こんな地味な案件で」

「いやいや、仕事ですから。それに」


 ヒーローは少し照れくさそうに笑った。


「娘がね、最近パパのことかっこいいって言ってくれなくなってきたんですよ。だから今日は張り切ろうと思いまして」

「お嬢さん、おいくつですか」

「8才です。かわいい盛りでね」


 のどかは小さく頷いた。お腹が気になり始めたベテランのヒーローが、娘に格好いいところを見せたくて張り切っている。なんだか、少しだけ微笑ましかった。


「あ、来た」


 ヒーローの声が、急に低くなった。

 鳥居の向こうから、人影が近づいてくる。小柄な影。足取りはゆっくりだが迷いがない。

 街灯の光がその顔を照らした瞬間、のどかの目が細くなった。

 黒い髪に眼鏡と制服。そして、胸に抱えた白いぬいぐるみ。昨日、あの神社のベンチにいた少女と同一人物だった。

 のどかは端末を取り出した。課長への回線を開く。


「課長、昨日の少女が現場に来ました。やはりシロではなかったかもしれません」


 電話の向こうで、短い返事が聞こえた。

 少女が、境内の中央で立ち止まるとぬいぐるみを、胸の前に掲げた。

 ――光が弾けた。

 突如どこからともなくBGMが流れ出し、ピンクと白と金色の光が、少女の全身を包み込んだ。

 髪が解けて広がり、制服が光の中に溶けて消え、代わりにフリルとリボンで構成された衣装が現れた。靴がブーツに変わった。額にティアラのような飾りが出現した。背中で光の翼が一瞬だけ広がって、散った。

 完璧な変身シーケンスだ。

 アニメのオープニングで流れるそれと寸分違わぬ、いや、実物のほうが光量が多い分だけ派手な、正統派魔法少女の変身だった。

 境内が、一瞬だけ真昼のように明るくなった。

 そこには色鮮やかな衣装に身を包んだ魔法少女が、境内の中央に立っていた。ステッキを持っている。目元は凛としている。さっきまでのおどおどした気配は跡形もない。

 のどかは端末を確認した。魔法少女の登録データベースを照会する。

 ――該当なし。

 登録されていない魔法少女。つまり、正規の契約を経ていない。


「課長。魔法少女で確定です。ただし登録がありません。違法契約の可能性が高いです」


 電話の向こうで短く返ってくると同時に、隣のヒーローが立ち上がった。


「よし——お嬢ちゃん、ここまでだ!」


 ヒーローが境内に飛び出した。プロテクターの下の腹回りが揺れた。しかし構えは堂々としている。経験に裏打ちされたベテランの立ち姿だ。


「地球防衛軍だ。君は――」


 彼女は振り向くと、ステッキを地面に放り投げた。

 魔法少女たる象徴のぞんざいな扱いに、のどかの眉が少しだけ動いた。

 実家で飼っている犬でさえ、お気に入りの枝はもう少し丁寧に扱う。

 そんな心中を無視するように魔法少女が構えを取った。

 両足を肩幅に開き、重心を落とし、両手を前に出した。左手が前、右手が顎の横。脇が締まっており、肘の角度がお手本のように正確だ。


「——え?」


 ヒーローの声が、間の抜けたものになった。

 魔法少女が踏み込んだ。

 速い。衣装のフリルがふわりと広がり、リボンが舞う。ティアラが月明かりに煌めく。しかしその動き自体は、飾り気のない純粋な格闘技のそれだった。

 右のストレートがヒーローの顔面を狙い撃つも、ヒーローが反射的に身をかわす。さすがベテラン、初撃は避けた。しかし


「おっと、嬢ちゃん、ちょっと待っ――」


 カーフキック。

 ヒーローのふくらはぎに衝撃が走った。たった一発で足が麻痺し踏ん張りがきかなくなる。


「痛っ。ちょっ、魔法は!? 魔法使わないの!?」


 魔法少女は答えない。代わりに完全に目が据わっている。次の瞬間、タックルが来た。腰を低くした、教科書通りのダブルレッグ。

 フットワークを封じられたヒーローになすすべはなく体が浮いた。

 背中から地面に叩きつけられた。

 地面だからマシなものの、アスファルトやコンクリートならこれだけで決まっていただろう。

 止める審判もどこにもいないのだが。


「ぐはーーっ」


 そこからは一方的だった。

 マウントポジション。ヒーローがブリッジで返そうとするも、魔法少女は腰の位置巧みに調整する。重心の制御が完璧だった。フリルのスカートの下から繰り出される膝が、ヒーローの脇腹を押さえつけている。

 ひどい絵面だ何もかも。


「ちょ、待っ――腕、腕とるなぁ!」


 アームバーに移行した。

 ヒーローの右腕が伸ばされる。関節の可動域を超える方向に、ジワリジワリと力が加わっていく。


「肩がぁぁぁ!!」


 悲鳴が境内に響いた。深夜の住宅街に、中年男性の叫び声が木霊する。

 のどかは社務所の影から、一部始終を見ていた。

 表情は変わっていない。ただ、端末に向かって淡々と報告していた。


「課長。戦闘スタイルはSOUGOU……いえ物理です」


 電話の向こうで、課長の声が聞こえた。


「……物理」

「はい。格闘技です。サブミッション中心の。ヒーローが現在、関節技を極められています」

「……まあ、最近はそういうのが流行ってるらしいな」


 課長の声は、いつもと変わらなかった。

 境内では、魔法少女がヒーローの腕を極めたまま微動だにしていない。フリルが夜風に揺れている。ティアラが月明かりを反射している。美しい衣装と凶悪な関節技のコントラストが、どこまでもシュールだった。

 ヒーローが片手で地面を叩いた。タップしている。


「まいった! まいりました!! 娘に見せられない!!」


 のどかは端末の画面を操作し、魔法少女の魔力パターンを分析している。変身に使用された魔力の構造、契約の痕跡、供給源。

 供給源。のどかの目が魔法少女の足元に落ちた。変身前に放り投げられたステッキ、その横に転がっている白いぬいぐるみ。

 目が大きい。耳が長い。にこにこと笑っている。

 あのぬいぐるみだ。

 のどかは端末の魔力探査モードを起動した。ぬいぐるみにかざす。

 ――感知。

 魔力の供給源はステッキではなくぬいぐるみから強い反応を示す。ここから全ての魔力が少女に流れ込んでいる。

 魔法少女にはマスコットがいる。それは知識として知っていた。契約を仲介し、魔力を供給する存在。見た目は愛らしい小動物であることが多い。


 のどかは、気づかれないようにぬいぐるみに近づくと掴んだ。


「――きゃっ! なにすんの!」


 甘く高い声がでた。ぬいぐるみの口が動き、目がこちらを見つめ返してくる。

 さっきまでの縫い付けられた笑顔ではない、ニヤニヤと意地の悪い生きた表情がそこにあった。

 のどかはぬいぐるみを持ち上げた。ぶらん、と宙に浮いたぬいぐるみが手足をばたつかせている。


「離してよぉ! ボクに触るなんて失礼だよぉ!」


 甘い声。可愛い見た目にふわふわの白い肌さわり。丸いざらついた目ががのどかを見上げている。

 のどかは端末をかざしたまま、淡々と言った。


「マスコットですね。型番と契約登録番号を確認します」


「えー、ちょ、ちょっと待ってよぉ」


 端末にデータが表示された。のどかの目がスクロールを追う。

 契約内容。条項。権限委譲の範囲。魔力供給の対価。違約金の設定。


「……課長」


 のどかは回線に向かって言った。


「契約内容を確認しました。やはり違法です。全項目が該当します」

「どの程度?」

「未成年との契約、保護者の同意なし、魔力供給の対価が不当、違約金の設定が法定上限の四十倍以上。あと、契約時に対象者への意識介入があった痕跡があります」


 洗脳だ。


 少女は、自分の意思でこの契約を結んだわけではなかった。マスコットが接触し、意識に介入し、都合よく契約させていた。破壊行為も、少女の本来の意思ではない。


「そうか。じゃ、やれ」


 課長の声は短かった。

 のどかは知っていた。この承認は、すでに下りている。違法契約の調査を開始した時点で、強制解除の権限は発動条件を満たしている。課長の「やれ」は最終確認にすぎない。

 のどかはマスコットを片手で押さえたまま、もう片方の手で端末を操作した。

 魔法少女に関する契約書データが画面に表示された。


「ちょ、何してんの!? 契約は契約だよぉ! 双方合意の上で結ばれた正式な契約なんだからね!」


 マスコットが暴れた。ふわふわの手足がのどかの手首を叩いている。


「違約金だって払ってもらうよぉ? 一生かかっても払い続けてもらうんだからね♡」


 甘い声だった。可愛い顔だった。だが言っている内容は凶悪の詐欺師だ


「残念ですが」


 のどかは端末に表示された契約書データを、紙面出力した。一枚の紙が、端末の横のスロットから滑り出てくる。


「この契約は違法です。全項目が法令違反に該当します」


 ビリッ。契約書が真ん中から破れた。

 同時に端末の画面が切り替わり、赤い文字が点滅する。

 『FORCE TERMINATION / EXECUTE』

 防衛軍のシステムが動き、違法契約の強制解除プロトコルが起動する。マスコットと少女の間の魔力接続が、物理的にもシステム的にも完全に切断された。

 境内に光が走った。

 魔法少女の衣装が解けた。フリルが消え、リボンが消え、ティアラが消え、光の粒子になって夜空に散っていく。

 ただし――変身が解除されたその後も、少女の体勢は変わらなかった。

 つまりヒーローの右腕を極めたまま、素に戻った。

 なぜかペロリと上唇を舌でなぞり、恍惚とした表情を浮かべている。


「いだだだだだっ! まだ極まってる!! なんで!? 変身解除されたのにまだ痛い! むしろ力加減が絶妙になってる!!」


 制服姿の少女が、ヒーローの腕をがっちりと押さえている。目はランランと輝いているが意識は混濁しているのだろう、きっとそうに違いない。


「離してください。離れてください」


 ガッチリと決まったヒーローを助けるべく、のどかが駆け寄り少女の手を掴む、

 やがて少女の体から力が抜け目が閉じていく。洗脳が解除されたことで、急速に意識が薄れていっているのだろう。

 意識が落ちる寸前、少女の口が微かに動いた。何か言おうとしたのかもしれない。しかし言葉にはならなかった。

 のどかは少女を支えて、地面にゆっくりと横たえた。

 洗脳による違法契約の被害者。この子自身に罪はない。


 保護者への連絡と、事後の監視措置。それはこのあとの事務処理で片付く。

 ヒーローは地面に転がったまま、右肩を押さえていた。


「肩が……肩がおかしい……」

「大丈夫ですか」

「大丈夫じゃないです……」


 ヒーローの目に涙が浮かんでいた。お腹が少し気になり始めた中年男性が、深夜の神社の境内で肩を押さえて泣いている。


「娘に……格好いいとこ見せるはずだったのに……」

「すみません」


 のどかは素直に謝った。何に対する謝罪なのかはよくわからなかったが、とにかく申し訳ない気持ちにはなった。

 その足元で、マスコットがじたばたともがいていた。


「やめてぇ! 離してよぉ! ボク何も悪くないよぉ! 契約は自己責任だよぉ」


 端末の画面が、再び点滅した。


 『SYSTEM SHUTDOWN / TARGET: MASCOT UNIT — DELETION CONFIRMED』


 マスコットの動きが、ぴたりと止まった。目の光が消え、手足がだらんと垂れた。

 不快な甘い声はもう聞こえなかった。

 違法契約営業として完全削除。

 のどかはマスコットだったものを証拠品用の袋に入れた。端末で処理完了の報告を入力する。

 ヒーローは救急車で呼ばれていた。担架に乗せられながらまだ肩を押さえている。


「関節がぁ……」


 その声が夜の境内に消えていった。


 ◆


 翌日。オフィスに戻ったのどかは、課長のハンコが押された事後報告書を提出していた。

 少女の保護措置と保護者への連絡は、すでに関係部署が処理している。

 東雲が自分のデスクで目を丸くして報告書のコピーを読んでいた。


「契約書を破いたら本当に解除されるんですか」

「破った瞬間に、裏で本部がシステムを走らせる仕組みです。紙自体はただの象徴ですね。実際の解除処理はデジタルです」

「なるほど……」


 東雲は納得したような、していないような顔で頷いた。

 内線が鳴り、スピーカーから部長の声が聞こえてきた。


「報告書読んだわ、お疲れ。しかし、物理で戦う魔法少女かぁ」


 ため息が聞こえた。


「私の時代は、愛と希望のビームで決着だったのに」


 のどかの手が止まった。

 ――私の時代。

 部長の幼い見た目。ヨレヨレのスーツ。どうしても飛び出すツインテール。「若い頃にちょっと」という、あの言葉。結城さくらという、可愛らしい名前。

 ……ああ。のどかは何も言わなかった。聞いてはいけない気がした。いくつかの点が繋がったが、それを口にするのは違うと思った。


「最近、といってもう一昔前ですが物理が流行りみたいですね」


 代わりにそれだけ言った。


「マスコットが黒幕っていうのも、昔はなかったわよ。マスコットは味方だったのに。可愛くて、頼りになって、ちょっとお節介で」


 部長の声が、少しだけ遠くなった。


「……まあ、時代よね」

「物理で戦う魔法少女に、違法契約のマスコットですか。……恐ろしい時代ですね」


 東雲が口を開きながら、報告書をいつものようにトレーに重ねた。

 


 ――業務日誌――


 案件名:違法魔法少女契約事件(都内連続建造物破壊)

 発生場所:都内各所・寺社仏閣を中心に四件

 災害区分:人災

 被害状況:寺社仏閣四件の物理的損壊

 対応:現場調査、張り込みにより現場で確保。違法契約の強制解除を実施。マスコット型契約媒体は違法契約営業として完全削除。対象者は詐欺被害者として保護、保護者連絡済み

 備考:労災申請の手続きを進めること。対象者の社会奉仕・監視措置で処理


 ※観測できない災害は人災扱いとして処理済み。

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