第2話①「その魔法少女、契約書類提出してますか?」
月に一度の定例会議だった。
一課と二課の合同で、直近の案件を整理して振り分ける場だ。
長テーブルが一つ、パイプ椅子が十脚ほど。壁にはモニターが二面。蛍光灯の光が均一に落ちている、いかにも役所の会議室という空間だった。
のどかは課長の隣に座っていた。東雲はその向かい。一課の面々は反対側のテーブルに陣取っている。
一課の課長が視界に入った。きれいな人だな、と素直に思った。長い黒髪をきちんとまとめた女性で、背筋が伸びていて、スーツの着こなしに隙がない。こちらの課長とは正反対だ。
会議の開始を待つ間、ドアが開いた。
小さい。それが、最初に思ったことだった。
入ってきた人物は、中学生と言われても疑わない身長に顔立ちも若い。いや、若いというより幼い。年齢を判断する材料がどこにもない顔だった。
結城さくら部長。最初に書類で見た時に可愛らしい名前だな、と思った記憶がある。王道のヒロインみたいな名前だ。
容姿を見てなるほと思った。昔はさぞ、と続きかけて、いや今もかと思い直した。いったい何歳なのか、見当がつかない。
しかし容姿とは裏腹にヨレヨレのスーツを着ている。肩幅に合っていない上着、少しだけ長い袖。ネクタイは緩んでいて、シャツの第一ボタンは開いている。
そしてツインテールだった。
しかも、ただのツインテールではなかった。明らかに押さえつけた形跡がある。ピンが何本か刺さっていて、髪をまとめようとした痕跡が見える。しかしそれらの努力をあざ笑うかのように、ぴょこんと左右に飛び出していた。意思があるかのように、重力に逆らい元気よく跳ねている。
のどかは部長を何度か見かけたことがある。廊下ですれ違ったり、エレベーターで一緒になったり。その程度だ。こうして間近で見るのは、これがほぼ初めてと言ってよかった。
部長はテーブルの上座に着くと、手元の資料をぱらぱらとめくった。ツインテールがその動きに合わせて、ピョンピョンと揺れた。
部長の手が不意にツインテールに伸びた。うっとうしそうに、グイッと撫でつけ押さえる。しかし手を離した瞬間に、ピョンッと元に戻った。
心なしか先ほどより元気そうだ。
部長は小さな、諦めの混じったため息をついた。
それを見ていたのどかと東雲の視線に気づいたのか、部長がこちらを見た。
「……気にしないで。体質みたいなもの」
それから少し間を置いて
「若い頃にちょっとね。まあ、いろいろあったのよ」
それ以上の説明はなかった。聞いてはいけない空気を察した二人は無言でうなずいた。
部長は資料に目を戻す。
「じゃ、始めましょうか。ああ、その前に」
部長は誰に向けるでもなくつぶやいた。
「誰かいい人いない? 早く結婚して楽になりたいんだけど」
誰も答えなかった。課長はコーヒーを飲んでいた。一課の課長は資料を見ていた。会議室の空気は微動だにしなかった。おそらく、毎回言っているのだろう。
「……はい、じゃあ本題」
部長は切り替えが早かった。モニターに資料が映し出される。
「ここ二週間で、都内の寺社仏閣を中心に建造物の破壊事件が連続しています。被害件数は現時点で四件。いずれも深夜帯で人的被害はなし。破壊の規模は中程度で、柱や壁が砕かれるような物理的な損壊が中心」
淡々と読み上げる声は、さっきまでの脱力した口調とは別人のようだった。
「一課。こっちは別件の大規模案件、例の沿岸部の件をお願い。詳細は資料の通り」
一課の課長が頷いた。
「二課。建造物破壊の調査、よろしく」
「了解」
課長がマグカップを置いた。それだけだった。
のどかは手元の資料をめくった。四件の破壊現場の写真が並んでいる。どれも物理的な破壊だ。爆発痕はない。焼け跡もない。純粋に力で壊されている。
「魔力の残滓がわずかに検出されているようですが」
のどかが資料の一行を指した。
「そう。そこがひっかかるのよ」
部長がうなずいた。
「魔力は残ってるのに、破壊は完全に物理。ちぐはぐなの。だから調べて」
会議が終わり、課長が立ち上がる。のどかと東雲も続く。
会議室を出る時、部長がまたツインテールを撫でつけていた。これでもかとぴょんっと伸びると、部長の眉がピクリと動いていた。
◆
現場調査は、その日の夕方から始まった。
最初に向かったのは、三件目の被害現場だった。都内の住宅街の中にある小さな神社。鳥居をくぐった先の拝殿の柱が二本、根元から折られていた。すでに立ち入り禁止のテープが張られている。
現場はすでに一般の警察が検分を終えた後だった。事件から数日が経っており野次馬はいない。ついでに参拝客もいない。夕暮れの境内は静かで、砂利を踏む自分の足音だけが聞こえた。
のどかは携帯端末を取り出して、残滓の計測を始めた。数値はわずかだが、確かに魔力反応がある。ただし、パターンが通常と違う。変換効率が低く、魔力を使っているのに、実際の破壊には魔力がほとんど関与していない。
古い神社というせいもあるのか、もしかしたら土地そのものから検出されているだけかもしれない。
ありえなくもない。
のどかは端末の画面をスクロールしながら、境内をゆっくりと歩いた。拝殿の周り、社務所の裏手、玉砂利の参道。
参道の途中で、足を止めた。
社務所の脇の古びたベンチに女の子が座っていた。
黒い髪をまっすぐに下ろした、眼鏡をかけた少女。制服を着ていることから中学生だろうが、この時間にここにいるのは少し奇妙だ。部活帰りにしても、寄り道にしても。
まぁそういう時期でもあるか。
のどかは自分の時はどうだっかなと地元で暮らしていた頃を懐かしむ。
見れば少女は膝の上に、大きなぬいぐるみを抱えていた。
白くて丸い上に耳が長いのが特徴だ。目が大きくにこにこと笑っているようなデザインの、手のひら三つ分くらいの大きさのぬいぐるみだった。のどかは見かけたことがないが、マイナーなキャラクターなんてものはいくらでもいる。
のどかはぬいぐるみに一瞬だけ目を留めた。それから、少女のほうに歩み寄った。
「こんばんは」
少女が驚いた顔を上げた。それから、すぐにおどおどした表情になった。
「あ、こんばんは」
「こんな時間にここで何してるの。もう暗くなるよ」
のどかの声は穏やかだった。職務語調ではあるが、圧をかける言い方ではない。中学生に声をかける大人の、ごく自然な心配の声だった。
「あ、はい。ちょっと……散歩してて」
「散歩?」
「はい。この辺り、静かで好きなんです」
少女は視線を落とした。膝の上のぬいぐるみを、無意識に撫でている。指先がぬいぐるみの頭を繰り返しなぞっている。
「ここ、最近ちょっと事件があってね。知ってる?」
「……ニュースで見ました」
「そう。だから、暗くなる前に帰ったほうがいいよ。危ないから」
少女はうなずいた。素直な反応だった。
「……はい。すみません」
「ううん、謝ることじゃないよ。気をつけてね」
少女は立ち上がった。ぬいぐるみを胸に抱えて、ぺこりと頭を下げて、参道を歩いていった。足取りは軽くも重くもない。普通の中学生の歩き方だった。
のどかはその背中を見送った。
ぬいぐるみが少し気になったがそれだけだった。ファンシーショップに売っているものと比べても妙に出来がいい。
念のため端末を操作して、少女の情報をデータベースに照会した。顔認識、体格データ、歩行パターン。結果が返ってくるまで数秒。
――該当なし。
怪人でも、異世界人でも、登録済みの能力者でもない。データベース上でもただの一般人だった。
のどかはそのまま課長に定時連絡した。
「課長、現場で民間人と接触しました。中学生くらいの女の子です。データベース照合はシロ。一般人です」
電話の向こうで、課長の声が聞こえた。
「……そうですね。管轄としては警察になりますが、本人が素直に帰ったので、特に引き留める理由はありません」
端末を切ると少女の姿は、もう参道の先に見えなくなっていた。
のどかはもう一度、端末の計測結果に目を落とした。魔力の残滓、物理的な破壊にちぐはぐなパターン。
まあ、今は材料が足りない。
次の現場に向かおうと鳥居をくぐって神社を後にした。
◆
翌日。オフィスに戻ったのどかは、調査結果を報告を行う。
モニターに都内の地図が映し出された。四つの破壊現場が赤い点で示されている。
「被害現場を地図に落としました」
のどかは端末を操作した。赤い点の上に、古い地図のデータが重なる。江戸期の霊的要衝、封印地、竜脈の交差点。
赤い点はほぼ全て、それらの上に乗っていた。
「封印地と竜脈の交点ですね。偶然とは考えにくいです」
「ふうん」
地図を見ている課長の表情は変わらない。
その時、課長のデスクから内線が鳴るとモニターの端に部長の顔が写りこむ。
「見てるわよ、地図。なるほどね」
部長の声はモニター越しにも気だるげだった。
「東京って昔からそういう土地じゃない。霊的にごちゃごちゃしてるのよ、この街は。江戸の頃から」
「はぁ……」
のどかは曖昧に頷き、東雲が手を挙げた。
「あの、すみません。今の話、つまり東京という都市は霊的な要衝の上に建っている、ということですか」
「そうよ」
「そこに普通に、一千万人以上が住んでいると」
「そうね」
「……恐ろしい国ですね」
口調は丁寧語のままだった。ぎりぎり崩れていないが声に力がない。
「大丈夫よ。慣れれば気にならないから」
部長の声は軽かった。慣れの問題ではないと思います、という東雲の顔を誰も拾わなかった。
「で、パターンから次を割り出せる?」
「はい。おそらくこの二か所のどちらかです」
のどかが地図上に二つの点を追加した。都内の神社。どちらも竜脈の交差点に位置している。
「よし、張り込むか」
課長がマグカップを置いた。
「新人、どっちか行け。もう片方はヒーローに任せる」
「了解です。補佐のヒーローは手配済みですか」
「手配してある。人災級で一人つけた」
「ありがとうございます」
のどかは自分のデスクに戻りながら、少しだけ昨日の少女のことが気になっていた。
データベースではシロのただの一般人。あの場にいたのは、おそらくただの偶然だ。
――おそらく。その引っかかりを飲み込んで、張り込みの準備に取りかかった。




