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第7話「面接官のどかは、まだ慣れない」

 あの日から、一週間が過ぎた。

 街の復旧作業は続いている。半壊した市街地にはクレーンが立ち並び、仮設のフェンスで区切られた通りを工事車両がひっきりなしに行き交っている。

 通勤ルートが三つ変わった。遅延証明の枚数が、また増えた。


 だが、オフィスの空気はいつも通りだった。蛍光灯は白く、空調は低く唸り、デスクの上には処理待ちの書類が積まれている。日常は止まらない。止まっている暇がない。


「課長」

「んー」

「前から言ってますけど、人手が足りません」


 のどかは課長のデスクの前に立ち、手元の資料を示した。先週の案件で負傷したヒーローの復帰見込み、現在の二課の稼働可能人員、今後一ヶ月の想定案件数。どう計算しても、頭数が足りない。


「先日の件で、さらに人員の不足が」

「わかってるよ」


 課長はコーヒーを啜りながら、デスクの引き出しからファイルを取り出した。薄いファイルだった。中身は数枚の履歴書。


「というわけで、今日の仕事は面接官だ」

「……え、私もですか?」

「二課はいつも人材難だからな。見ておけ」


 のどかは履歴書のファイルを受け取った。ぱらぱらとめくる。一枚目の国籍欄に、見たことのない文字が並んでいる。二枚目は——紙が透けている。三枚目は霜がついている。


「……これ、候補者のラインナップですか?」

「面接ってのは来てみないとわからんもんだ。まあ座れ」


 課長が会議室のドアを開けた。パイプ椅子と折りたたみテーブルだけの、飾り気のない部屋。面接会場というより、取調室に近い。

 のどかは課長の隣に座り、ペンとメモ帳を用意した。


「では、一人目の方。どうぞ」




 ◆




 ドアが開いて、一人の男性が入ってきた。

 パリッとノリの効いたスーツを着ている。髪は整えられ、靴は磨かれ、姿勢も良い。見た目は完全に普通の人間だった。年齢は三十代前半くらいだろうか。穏やかな笑顔を浮かべて、椅子に腰かけた。


「本日はお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 礼儀正しい。受け答えも自然だ。のどかは内心で安堵した。まともな人だ。常識人だっ。一人目からまともな候補者が来てくれた。これなら――

 課長が履歴書に目を落とした。


「えーと、国籍欄。『カルデシア第七星系連邦・惑星エルキア』」

「――は?」

「母星が侵略されまして」


 男性は穏やかな笑顔のまま答えた。


「難民として地球に辿り着いたのですが、せっかくですのでこちらで働きたいと思いまして。防衛軍であれば、私の経験も活かせるのではないかと」


 のどかは履歴書をもう一度見た。国籍欄の下、資格の欄に「星間航行免許(第二種)」「重力操作技能士(初級)」と書いてある。職歴には「カルデシア連邦軍・通信兵」。


「あの……」

「能力的には問題なさそうだがな」


 課長は淡々と履歴書を読んでいた。動揺している様子は一切ない。


「ビザは?」

「それが——地球の入管にお伺いしたのですが、母星の書類フォーマットが地球側のシステムに対応していないらしく……」

「ああ、宇宙系あるあるだな。カルデシア連邦はまだ地球との互換条約を結んでないんだよ。書式が合わない」


 課長がファイルを閉じた。


「悪いな。能力以前の問題だ。入管を通してから出直してくれ。あと、うちは管轄外だから、移民局のほうにも相談しておけ」

「そうですか……残念です」


 男性は肩を落としたが、それでも礼儀正しく一礼して退室した。見た目は完全に普通のサラリーマンだった。ドアが閉まったあとも、のどかはしばらく履歴書を見つめていた。


「……課長。あの人、宇宙人だったんですか」

「見た目じゃわからんだろ。書類見るまで俺もわからんかった」

「いえ、課長は全然動揺してなかったじゃないですか」

「慣れだよ」


 ◆


「次の方、どうぞー」


 のどかがドアに向かって声をかけた。

 誰も入ってこない。

 数秒待った。ドアは開かない。のどかは首をかしげた。廊下を確認しようとドアに手をかけたところで、課長が止めた。


「新人。これをかけろ」


 課長がデスクの上に、メガネを一つ置いた。黒縁の、なんの変哲もないメガネだった。ただし、レンズがうっすらと青みがかっている。


「……なんですか、これ」

「備品だ。いいからかけろ」


 のどかはメガネを手に取りかけた。

 ——いた。

 椅子の前に、一人の女性が立っていた。いや、立っているというか——浮いていた。足が床から数センチ離れている。半透明の身体が蛍光灯の光を通し、向こう側のホワイトボードがうっすら見えている。


「お、お待たせしました……すみません、ドアが……開けられなくて……」


 女性がおずおずと頭を下げた。壁を通り抜けてきたらしい。


「あ、あの。座っても……」


 女性が椅子に座ろうとした。すり抜けた。もう一度試みた。すり抜けた。結局、椅子の位置で中腰の姿勢を保っている。空気イスだった。


「これが本当の空気イスだな」


 課長が淡々と言った。


「鍛える筋力もないくせに大した根性だ」

「あ、ありがとうございます……?」


 褒められているのかどうか、幽霊の女性にもわからないようだった。のどかはメガネ越しに、この光景を見つめていた。目の前の候補者は幽霊だ。幽霊が就職面接に来ている。しかも空気イスで。


「えーと……書類の提出をお願いしたいんですが」


 のどかが履歴書の提出を求めた。女性が鞄から——半透明の鞄から、履歴書を取り出そうとした。指がすり抜ける。何度か試みて、ようやく掴んだと思ったら、テーブルの上に置く瞬間にまたすり抜けて床に落ちた。


「……あっ」


 床に落ちた履歴書を、のどかが拾った。紙は実体がある。持ち主だけが実体がない。


「課長。これは」

「触れない、物を持てない、書類を扱えない」


 課長は腕を組んだ。


「悪いな。うちは書類で戦う組織だ。書類を扱えないのは、致命的だよ」

「そう……ですよね……」


 幽霊の女性は、しょんぼりと——本当にしょんぼりと、壁を通り抜けて退室していった。ドアは最後まで使わなかった。


 メガネを外すと、もう見えなかった。のどかはメガネを課長に返しながら、ため息をついた。


「よくあるんですか、ああいうの」

「たまによくある」

「たまに、よく……」

「だからこれが備品なんだろ」


 課長はメガネをデスクの引き出しにしまった。慣れた手つきだった。


 ◆


「三人目の方、どうぞ」


 ドアが開いた瞬間、室温が下がった。

 体感で五度は違う。七月の蒸し暑さが嘘のように、ひんやりとした空気が会議室に流れ込んできた。

 入ってきたのは、女性だった。色白で、長い黒髪が背中まで流れている。浴衣のような薄い着物を纏い、足元は素足。唇がうっすらと青みがかっていて、瞳の色は冬の湖のような淡い灰色だった。

 美しい人だった。ただ、近づくと寒い。


「失礼いたします」


 女性が一礼して椅子に座った。座った瞬間、パイプ椅子の脚に薄く霜が降りた。


「本日は面接の機会をいただき、ありがとうございます」


「どうぞ、楽にしてください。えーと、お名前は」


 のどかが履歴書を確認した。名前の欄に、達筆な筆文字で「雪ノ下ゆきの」と書かれている。種族欄に「雪女」。住所は——空欄。季節によって移動するため定住地なし、と備考に書いてある。


「特技を教えてもらえますか」

「冷気の操作が得意です。夏場であれば、エアコン代わりにもなれますし——」


 雪女が軽く手を振った。会議室の気温がさらに二度下がった。のどかの頬に、心地よい涼風が当たる。七月のオフィスで、これは。


「おお……!」


 のどかは思わず声を上げた。これは便利だ。夏場の空調費だけでも相当な節約になる。しかもこの冷気、エアコンのような人工的な冷たさではない。山の清流の傍にいるような、自然な涼しさだ。


「それと」


 雪女が鞄から小さな容器を取り出した。蓋を開けると、中には繊細な結晶のように美しいかき氷が盛られていた。


「かき氷も作れます。氷の純度には自信がありまして」


 ひと匙差し出された。のどかは受け取って、口に運んだ。


 冷たい。そして、甘い。氷そのものにほのかな甘みがあるような、不思議な味わいだった。スプーンの上で光を透かす氷の粒が、きらきらと輝いている。


「おいしい……」

「ありがとうございます。蜜は自分で調合しておりまして」


 雪女が嬉しそうに微笑んだ。のどかは内心で期待を膨らませていた。エアコン代わりになる。かき氷も作れる。受け答えも丁寧で、人柄も良い。これはいけるのでは。


「冬場は?」


 空気が止まった。


「……冬は」


 雪女の表情が、一瞬だけ固まった。それから、胸の前で両手をきゅっと握った。


「がんばります」


 言いにくそうに、しかし真剣な声だった。

 課長が、少しだけ間を置いた。


「……もう一回聞くぞ。冬場は?」


 雪女が背筋を伸ばした。胸の前の拳にさらに力を込めて、ふんっ、と小さく気合を入れる。


「がんばりますっ」


 力強かった。目は真剣だった。だが答えになっていない。

 課長はファイルを閉じた。


「気持ちはわかった。だが悪いな。通年で働ける人材が必要なんだ。季節雇用の枠は、うちにはない」

「……そう、ですか……」


 雪女の肩が、しゅん、と落ちた。さっきまで胸の前で握っていた拳がほどけ、両手が膝の上に力なく降りる。頭がゆっくりとうなだれていく。がっくり。絵に描いたようながっくり。パイプ椅子に降りた霜が、その姿に合わせるように溶け始めていた。

 雪女はしばらくうなだれたまま動かなかった。やがて、ゆっくりと顔を上げた。目元はほんの少しだけ赤くなっていたが、表情は崩さなかった。丁寧に一礼して、立ち上がる。


「ご縁がありましたら、また」


 雪女がドアを閉めた。最後まで背筋はまっすぐだった。会議室の温度が、ゆっくりと七月に戻っていく。

 のどかは、手元に残ったかき氷の容器を見つめていた。氷はもう半分溶けている。


「……惜しくないですか、課長」

「惜しいよ。条件さえ合えばな」


 課長はそれだけ言って、次の履歴書に目を落とした。


 ◆


 四人目以降は、のどかの記憶の中で急速に駆け抜けていった。

 レトロなロボットが入ってきた。ブリキのような銀色のボディに、胸元の丸いランプ。喋るたびに「ピロピロピロ」と電子音が鳴るだけで、会話が一切成立しなかった。課長が三分粘ったが、最終的に「通訳を連れてこい」で終わった。ロボットはピロピロ言いながら退室した。

 次に来たのは、コウモリの羽にヤギの角、そしてヘビの尻尾を持つ者だった。見た目は完全に悪魔だった。が、椅子に座ると背筋を伸ばし、履歴書を両手で丁寧に差し出した。


「前職は地元で守衛をやっておりました。二十年間、無遅刻無欠勤です」

「……地元というのは」

「地獄の第四門です」

「地獄の門番か」

「はい。真面目にやっておりました」


 のどかはペンを握ったまま、どこからツッコめばいいのかわからなかった。真面目なのはわかる。二十年無遅刻無欠勤は立派だ。だが、地獄の門番の職歴を、どの欄に書けばいいのか。

 その後も続いた。全身が花で覆われた植物系の妖精が「光合成で自給自足できます」と売り込み、課長に「夜勤はどうする」と一言で切られた。自称・未来人が「30年後の防衛軍から来ました」と主張したが、身分証明が一切なかった。

 のどかは、もう驚かなくなっている自分に気づいた。メモ帳には「不採用」の文字が並んでいる。一人として、通らない。


「……課長。これで何人目ですか」

「数えるな。虚しくなる」


 ◆


「最後の方、どうぞ」


 課長がそう言ったとき、のどかはもう期待していなかった。今日一日で学んだことがある。二課の面接に「まとも」は来ない。

 ドアが開いて入ってきたのは、青年だった。

 二十代前半くらいだろうか。整った顔立ちに、穏やかな目。背筋が伸びていて、動作の一つ一つに品がある。服装は地球のものだったが、どこか着慣れていない感じがした。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 深く、丁寧に一礼した。声も穏やかだった。

 のどかは履歴書を確認した。名前の隣に「異世界出身」の表記。経歴には剣技、基礎魔法、防御術、治癒魔法。すべてが高水準でまとめられている。人格の評価欄には、紹介者からのコメントがびっしりと書かれていた。全て好意的な内容だった。


「仲間と共に、人々を守る仕事がしたいと思い、志願いたしました」


 青年はまっすぐ前を見て言った。その目に嘘はなかった。少なくとものどかには、そう見えた。


「やっと――」


 まともな人が来た。

 のどかは口に出しかけて、飲み込んだ。だが表情には出ていたらしい。課長がちらりとこちらを見て、すぐにファイルに目を戻した。

 課長が履歴書をめくる。経歴のページをめくり、身元照会のページに目を落とす。そこで、課長の手が止まった。

 一枚の書類が挟まっていた。上層からの通達。赤いスタンプが押されている。

 課長はそれを読み、ファイルを閉じた。


「……悪いな」


 その声は、今日の面接で初めて聞く温度だった。淡々としているのは変わらない。だが、そこに——ほんのわずかに、苦さが混じっていた。


「お前さんに問題はない。人柄も能力も申し分ない」

「……」

「だが、上から異世界系の採用がストップされてる。先日の件で、異世界案件に対する風当たりが強くなってな。加えて、お前さんの身元だが王族の傍流だろう」


 王族という言葉にのどかは息を呑んだ。


「傍流とはいえ、勝手に雇うと向こうの世界から横槍が入る。政治の都合で、うちじゃ扱えない」


 青年は、黙って聞いていた。驚いた様子はなかった。わかっていたのだ。ここに来る前から、こうなる可能性を。


「……理解しています。お気になさらず」


 青年は静かに微笑んだ。穏やかな笑みだった。ただ、その目の奥に——ほんの一瞬だけ、光が揺れたのをのどかは見逃さなかった。

 この人は行き場を探して、ここまで来たのだ。

 青年が立ち上がり、一礼した。背筋はまっすぐだった。乱れない。礼儀正しいまま、ドアに向かって歩き出す。


「おい」


 課長の声がした。

 青年が振り返った。課長は椅子から立ち上がらないまま、部屋の隅に積まれた段ボール箱をごそごそと漁っていた。


「ちょっと待ってろ」


 段ボールの中から、課長が何かを引っ張り出した。

 着ぐるみだった。

 頭の部分だけがまず出てきた。丸い目に、短い角。愛嬌のある怪獣の顔。子ども向け番組に出てきそうな、デフォルメされたデザイン。色は黄色と緑で、ところどころに星のマークが散りばめられている。


「ちょっとこれ被ってみろ」

「……は?」


 青年の表情が、初めて崩れた。


「被れ」


 課長の声は、淡々としていた。冗談を言っている顔ではなかった。のどかも意味がわからなかった。だが課長は本気だ。この人が本気でない時は、もっとふざけた顔をする。

 青年は素直だった。戸惑いながらも、着ぐるみの頭を受け取り、被った。丸い怪獣の頭がゆらゆらと揺れる。頭が大きすぎてバランスが取れず、ふらふらしている。その下から覗く青年の手が、着ぐるみの内側を探っている。


「前が見えないんですが……」

「目の穴から覗け。慣れだ」


 課長が段ボールからさらに胴体部分を引っ張り出した。青年は言われるまま、全身の着ぐるみを着用した。もこもこの黄緑色の怪獣が、会議室の真ん中に立っている。

 のどかは何の面接なのか、まったくわからなかった。


「よし。『ちびっこ怪獣くんの安全ダンス』軽く踊ってみろ」

「あんぜん……ダンス……?」

「そこに振り付けの紙がある。見ながらでいい」


 壁に貼られた一枚の紙。子ども向けの簡単な振り付けが、イラスト付きで描かれている。右手を上げて、左足を踏んで、くるっと回って、両手でバツ印。「あぶないところにはいかないよ!」のポーズ。

 青年は——着ぐるみの中で、全力で踊った。

 ぎこちなかった。動きは硬く、タイミングは微妙にずれている。着ぐるみの頭がぐらぐら揺れて、何度かバランスを崩しかけた。だが一つ一つの動作を丁寧にこなそうとしていた。振り付けの紙をちらちら確認しながら、真面目に。懸命に。

 のどかは、自分の口元が緩んでいるのに気づいた。

 ――かわいい。

 異世界の王族の傍流。剣技と魔法に長けた優秀な青年。その人が、黄緑色の怪獣の着ぐるみの中で、子ども向けの安全ダンスを一生懸命踊っている。


「次、バク転できるか?」

「できません!!」


 着ぐるみの中から、青年の声が跳ね返ってきた。即答だった。


「正直でいい」


 課長がどこか納得そうに頷いているが、のどかは完全について行けていなかった。


「最後に一つ。着ぐるみのまま、子どもを安心させる声を出してみろ」


 青年は一瞬黙った。着ぐるみの丸い目が、こちらを向いている。中の青年がどんな顔をしているかはわからない。

 そして声が出た。


「こ、こんにちは……! 安全怪獣くん、みんなと遊びにきたよ!」


 優しい声だった。

 少しだけ緊張が混じっていて、少しだけぎこちなくて、でも温かい声だった。子どもが聞いたらきっと笑顔になる。そういう声だった。

 課長は腕を組んで、うんうんと頷いて満足げだった。のどかがこの面接で課長の満足げな顔を見るのは、これが初めてだった。


「よし、お前さんは子ども向けの仕事が合う」

「……え?」


 着ぐるみの丸い目がこちらを向いた。


「防衛軍の子ども向け防災教育。着ぐるみで幼稚園や小学校を回って、安全教室をやる仕事だ。爽やか体操のお兄さんも、怪獣の中の人も、いつも不足してる」

「そんな仕事が、あるんですか」

「防衛軍としては採れない。だが、防衛軍の関連業務なら話は別だ。子どもの安全教育は立派な仕事だぞ。向こうの世界じゃ難しくても、こっちでなら人を守れる」


 着ぐるみの中から、しばらく声が聞こえなかった。

 やがて、もこもこの黄緑色の怪獣が深く、頭を下げた。着ぐるみの頭が重くてバランスを崩しかけたが、それでも頭を下げ続けた。


「……ありがとう、ございます」


 声が、震えていた。

 のどかは胸が詰まった。この人は——居場所を探して、ここまで来たのだ。異世界の政治に弾かれ、こちらの世界の制度に弾かれ、それでも誰かの役に立ちたくて面接に来た。その人に、課長は居場所を見つけてやった。

 青年は着ぐるみを脱いだ。丁寧に畳もうとしたが、着ぐるみは丁寧に畳めるような代物ではなかった。結局、小脇に抱える形になった。黄緑色の怪獣の頭が青年の脇からはみ出している。


「大事に使います」


 青年は爽やかな笑顔で一礼し、着ぐるみを抱えたまま退室していった。ドアが閉まる直前、怪獣の手がドアの隙間からひらひらと揺れた。


 のどかは、課長を見た。――この人は、ズルい。

 セリフや態度に出さず、ただ淡々と人に合う場所を見つけてやる。優しさという言葉を、絶対に使わない人のやり方だ。

 のどかが感動の余韻に浸っていると、課長が椅子に深く座り直した。コーヒーを一口啜って、ぽつりと呟いた。


「いやー助かった」

「……え?」

「あの着ぐるみの仕事、夏場は地獄だからな。誰もやりたがらなくて、ずっと人が見つからなかったんだ」


 のどかは口を開けたまま、課長を見た。


「困ってたポストが一つ埋まった。ちょうどいい人材が来てくれたもんだ」


 感動が——台無しになりかけた。

 だが、のどかにはわかっていた。たぶん、両方本気なのだ。困っていたポストを埋めたかったのも本気。あの青年に居場所を見つけてやりたかったのも本気。どちらかが嘘ということはない。両方が真実で、両方が課長の仕事で、どちらも口には出さない。

 出さないからズルいのだ。

 のどかは小さくため息をついて、それから少しだけ笑った。


「かき氷でも差し入れしましょうか。夏場は地獄なんですよね」

「……好きにしろ」


 窓の外では、復旧工事のクレーンが夕日に照らされていた。七月の空が茜色に染まり始めている。壊れた街は、まだ直っていない。でも、直っていく。少しずつ。

 のどかはメモ帳を閉じた。今日の面接の結果。採用ゼロ。ただし、着ぐるみ1着の行き先が決まった。



 ――業務日誌――


 案件名:二課人材補充面接

 発生場所:本部会議室

 災害区分:該当なし

 被害状況:なし

 対応:面接実施(八名)。採用0名。関連業務への斡旋一名

 備考:人災は処理できるが、人材はそうはいかない。(課長談)


 ※観測できない災害は人災扱いとして処理済み

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