AAJ★バクテリア羅漢に裸體の誘惑
電波帆宇宙船ハニームーンには、基本的生命維持に必要な物資は充分に備蓄されている筈だったが、食料品であるオートコックの固形素材が1ケースのみで、残りのケースは古いオートコック用の生素材の真空パックだった。
あるにはあるが使えない。
いや、使う事は可能だがいちいち収縮乾燥させなくてはならず、オートコックの原料投入口に入る様に成形しと二度手間三度手間を強いられる。
しかも、その収縮乾燥にこの船の装備では2SLE(凡そ四日)かかる為、常にそこにエネルギー消費が嵩み追手からも熱量感知され兼ねない。
ヤクマレト星を出港してから時間的には九SLE(約20日)程とさして経ってはいないが、航行距離は帆船の速度とは思えないものの、先般の賭場衛生の件を知る者ならばそれも頷けてしまうややこしさ。
しかし、ハニームーンに乗るルナGもGジェーも、外核宇宙もあと一歩の辺りまで一気に跳んで来ていた為に、それを知る術は無かった。
故に、この系星自体から逃げる必要はあまり無く、追手から逃げつつ助けを求めた相手からの連絡を待っていればいいだけだったのだが……
その助け船からの連絡が、未だ届かない事に事態を飲み込む事も困難な状況にあったが為。
少し前まで居たウリン星では虫に追われ、大気圏の外側で通信衛生の様に待機させていたハニームーンに戻ると、スグに次の移動をモニターから探る。
モニターに映るそれは実に酔いそうな程に視点がぐるぐると蠢き、何を見ているのか定まらない様で定まっているのか……
あってる様であってない様な……
凡そ八〜六十四程に細分化されては重なり乱れている様な映像だが、錯覚めいて時折それが一つに重なり焦点が合ってるようにも見えるそれこそが、この宇宙船ハニームーンの航行の核。
ヤクマレト星での修理中は安全の為に外していたその核を、出港直前に付け直し配線を済ませると途端にモニターが異常に警告音を発する。
慌てて機関部に加えたのは、お手製プログラム入りの所謂グラフィックボード的な役割を持つボックス。
ヤクマレト星での修理も本当は、壊れた様に見せかけプログラムを実行するのに必要なカメラや集光放射装置を付ける為の改造だ。
今は誰に見せる事も出来ない技術だが、いずれ公開出来るその日までに確立を。と、秘密裏に実験と研究を行っている。
その為、追跡者やスペースポリシーやに捕まる事は絶対に許されない。
「駄目だ、まだ慣れん。Gジェー、プログラム的に見てくれるか?」
やはりその映像に酔ったのか、ルナGは目を瞑り下を向き頭に手をやり苦悶の表情を浮かべていた。
「大気を有する星ですよね?」
「ああ、頼む」
Gジェーがポッドにアクセスコネクトを挿し込み目を動かすと、モニターもある程度見ていられる映像になりGジェーの視線と共に移動し、見えた星を映像から解析させる作業を指で進める。
ようやく酔いが薄れ見上げたルナGが、そのモニターを観て少し悔しそうにも納得の顔を見せる。
「まだ生身の操作は厳しいな、何から改良するか……」
「あの、ルナGこれ多分……」
モニターは星の解析結果に生命体反応を示している。
位置もウリン星より恒星から離れた銀河の端に近い、星間も広く近い星も無い光の無い死の星。
そんな辺りで光源反応を示すと共に、映像からも星の彼方此方に明かりが灯っているのが観えていた。
「文明の灯火……Gジェー、これの位置は?」
「待って」
――PIPO――
「この銀河の対面の、ここより外れの渦の尻尾」
信じられない。と、いった顔で思考に入るルナGが行き着いた答えを口にする。
「もしも、その位置で文明を持った生命体が居るとすれば、相当な知識と技術を持っている筈だ」
「でも……」
不安を覗かせるGジェーの一言に顔を見合わせるルナGもまた、その不安の理由に気付いてはいる。
文明が優れ知識と技術が向上するのに、切っても切れぬ生命体の性がある。
【欲】
それが強ければ強い程に進捗速度が上がるが、その欲を何処に向けるかで格差を広げ闘争を生んだりと全てが変わる。
それが弱ければ長い時をかけてじっくりと見定め、石橋を叩いて渡る賢明な判断を下しつつ進めるが危機への対応が遅れるジレンマも。
今、二人が危惧しているのは前者だ。
闘争しては反省しを繰り返し今を迎えているのなら、新たな来訪者に何を向けるのか。
星が戦争中なら敵の新兵器と思われ兼ねず、星が平和を迎えているなら新たな脅威の可能性に疑心暗鬼に互いの腹を探り平行線を辿る時の長さに、得る知識と技術よりも抜かれる知識と技術の方が多くなる。
それはこの宇宙船ハニームーンの航行の核を教える事に他ならず、今それだけは許されない。
そもそもがその星の知識と技術が何処までかも分からない中では、近付く事も危険と隣り合わせ。
銀河の渦の尻尾にある死の星に居ながら文明を維持するのはそれこそ意地か、宇宙船開発技術を持っているのかさえ怪しい。
ひょっとしたら宇宙船開発に必要な鉱石や大気が得られない星の可能性もある……
「Gジェー、星の解析データに宇宙船開発に必要な」
「あゝ、ちょっと待って」
――PIPO――
「……アルカボンが無い」
「ぅぅん、それだけでは……」
アルカボン以外にも未知なる鉱石や炭素繊維等の科学技術で別の物からでも宇宙船を建造する事は可能だ。
アルカボンが宇宙船建造を容易にさせるだけとも言える。
実際、後発の宇宙船や別の星の中にはそういった別素材の宇宙船も在るだけに、アルカボンが無いだけで判断は出来ない。
なら、何で判断するか……
「その星の衛星か、近隣に人工衛星か何かがないか?」
「……ん! これ、そうじゃない?」
モニターに映るのはレンズ型の……いや、大きなレンズそのもの。
ルナGが考えを巡らせ答えに行き着いた。
「なるほど、これは集光システムだ」
遠くなった恒星からの光を集める為、宇宙にレンズを置き虫眼鏡の様に集光システムを星に向けているのだと読み解くルナGに、Gジェーが解析データにすり合わせ答え合わせを済ませる。
「そうみたい。角度も幅も遠いけど一番近くの恒星に合わせてる。でも、こんなので?」
そう、Gジェーが怪訝な顔を見せたのには恒星からの電磁波拡散率だ。いくら集光してもあまりにも遠いこの星ではその集光率はかなり低く環境限界を抑える程の効果は得られない筈。
しかし、この星が欲しているのは電磁波の中の光源帯域なのだと判った。
それは同じ電磁波帯域を光として捉える目を持つ生命体の可能性が高く、光合成生物も居る事を示していた。
「行ってみるか」
「先ずはレンズの手前に跳んだ方が良さそうね」
欲している物を堂々と見せている事に触れ、それは戦闘の意思は無く守勢に回っている事を如実に示している様にも見える。
Gジェーが目標座標を詳細に設定している中、ルナGの脳裏に過ぎる想像が不安から来る要らぬ心配だと理解していて尚……
それは、スペースポリシーがこの銀河から抜け出す者を許すまじと建造する電磁波放射兵器だったなら? と、レンズの役割の逆を考えたからこそ。
守勢を示していると見えるそれが、向こうでは威嚇に設置している可能性もある。
文化知識も科学技術も分からないのだから考え等判る筈がない。
未知との遭遇は、迎える側なら選択の余地も無いが、行くとなると……
「アトランデス星人は凄いな……」
GジェーはルナGの言った意味は理解しているが意図が判らないので主語を待ちつつ設定を続けている。
だが続きは無い。
ルナGの中で完結したからだが、不運な惑星爆発によって殆どのアトランデス星人は亡くなり、宇宙船に乗っていたアトランデス星人の手記から読み解かれた惑星探査の歴史によるもの。
この星系で宇宙船技術をいち早く発明し、その宇宙船を用いて惑星探査を始め文化共有に共通言語と宇宙船技術を伝えたとされているのがアトランデス星人。
つまり、アトランデス星人の凄さは色々な意味を持つ為、Gジェーには分かり兼ねる。
なので……
「行けます。」
「よし、やってくれ!」
「ワープまで三TAPS(秒とほぼ同等)」
――PASHU!――
ワープ航行に特別なエネルギーも衝撃波も無い。ただ一つ、水の中をコースロープを持ち引いて進む際に起きる普通に泳ぐよりも多くの水圧がかかる様な感覚。
上位の成績を残す様な水泳選手にしか解らない感覚に近いのかもしれないそれが、宇宙船の中に居ても感じるのは宇宙船ハニームーンの船体を囲む素材に関係なく突き抜け存在する宇宙の何かを、押し退ける様に進んでいるからに他ならない。
それ故、あまり速く進めば圧に耐えられず船体も生命体も船内の彼方此方に歪みが発生し兼ねない……
ワープが危険なのはその速度にあると最初に気付いていた訳では無く、偶々臆病風に吹かれ近場に跳んだ折に感じた感覚と、その根拠に潰れて飛び出たジェルドレンのパックから予想した答え。
一度視認し固定した座標に向かい一直線に突き進む。
その際、本来在る筈の移動し航行線上を横切る惑星や隕石等の物質を、この圧を感じる宇宙の何かと共に押し退けているのか、それが時空の歪みを発生させているのか
捉えた視界に邪魔が無ければぶつかる事も無かった。
その速度は視界深度にピントを合わせる様にする事で変わる。
よって耐えられる限りは早められるが、限界はその生命体次第。
「補正距離からして、そろそろ出ます」
――SHUPA!――
息を整えるルナGと、周囲の安全と共に船内モニターを確認するGジェー。
「この速度でも五EAT(凡そ5時間)は中々にキツイな」
「この圧の何かを防ぐ方法を見つけない限り、ルナGはそこに座りっぱなしですね」
痛い所を突かれ悔しいが笑う他にないといった具合に襟を正すルナGが、頭を切り替え状況確認の結果を問う。
――PIPO――
「やっぱり、この星の光源なんですけど……」
「UVか?」
「ええ、それもUVCに限りなく近い方の」
その応えに腕を組み考え込むルナG。
UVを発する理由は幾つか考えられるが、目の前の宇宙に建造したレンズと合わせて考えれば……
「Gジェー、この星の水分量と大気温、それに地表温度から」
「バクテリア?」
「多分だがな……」
事によっては降りる事を断念せざるを得ない話に、結果を待つ二人の顔は曇っていた。
――PIPO――
「残念」
「ちっ! 一応、ここからなら星の中も覗けるか?」
何を確認すれば気が済むのかは判らないが、ここまで来て何の収穫も無く帰るのも……
そこはGジェーも理解を示す所かカメラを操作していたが、宇宙に建造されたレンズに気付き二度見した。
「ルナG! アレ、脇から覗けば多分簡単に」
「おお! デカい虫眼鏡だ」
恒星との間に入れば、大気の状態次第ではあるがこちらの姿も丸見えになり兼ねない。
慎重に航行するに辺り周辺の電磁波帯域を波形モニターから読み解き帆の角度調整を進める。
銀河の渦の尻尾だから低いと思われがちな電磁波だが、銀河と銀河の狭間にある歪みにより変調波の様な電磁波が渦巻いている事に航行の難しさがあると知る。
「ルナG……これ、見れて三TEA(凡そ分と同等)がいい所」
渦巻く電磁の波に逆らい停泊する事が難しいと理解出来れば致し方ない。
それでも見るなら生命体と共に都市や市街地と海岸線と山間森林を流れる様にデータとして収めたい。
幸いこの宇宙船ハニームーンにはカメラが大量にある事に、ルナGはその内の一つを手動制御で覗く事にする。
データ収集に際しこの惑星の名前を一応にUVレンズ星とした。
「視覚領域まで三TAPS、カメラ補足補正とREC開始します」
最初に見えたのは氷山帯。
そこから森林平野に向かうが針葉樹ばかりで広葉樹は見当たらない。
出来る限りを見尽くしたいと磁軸に沿い南北半球を舐めるように進む。
赤道付近でルナGが嗚咽を漏らしたが、Gジェーは事無きを得る航行を進め、レンズ脇を通り過ぎた所で帆を畳んだ。
「何か良い収穫ありました?」
「ん、ああ、まあな……」
歯切れの悪い応えにコソコソと何かを操作する姿に、Gジェーが不審に感じるのは当然の事。
ルナGの見ていたカメラ映像を正面モニターに映す。
「あ! よせ!」
焦るルナGの様子が余計に怪しく、映像はほんの一瞬の筈の海岸線を無理矢理に向きを合わせてズームしていた。
このUVレンズ星の生命体もジャポメカ星人と似た人型であるが、恒星からの距離が物を言うのかかなりの色白の……
「これは、女性体の裸體ですね」
「……ああ、これは、多分、バクテリア羅漢から守る為にUVを浴びてるのではないかと、その、この星の医学的知識の裁量にだなぁ」
何にも動じない視線は時に脅威に感じる事もあり、それは後ろめたい何かを見透かされている様にも感じるからこそ。
特段Gジェーは何を追究している訳でもなく、ただ真っ直ぐにルナGの次なる言葉を待っていた。
「次、次だ。次に行こう!」
その言葉に笑顔を向けるGジェーが応えた言葉に、少しばかりの皮肉を感じてしまうのは……
「はい、チェンジですね」




