第6話:破格の火加減と、極高次元の加速
「全機、最大戦速! 害虫ごとあの黒い船を蒸発させろ!」
アトランティス社私兵艦隊の旗艦——大型重巡洋艦『アイギス』のブリッジで、司令官ヴァルケンが冷徹に命じた。
直後、暗黒の宙域が眩い光に染まる。重巡洋艦と四隻の護衛艦から放たれた数百発のプラズマミサイルと熱線レーザーが、網の目のようにノクターンへと襲いかかった。
「うわああああっ! 来るぞ、着弾する!!」
マルコが頭を抱えて叫ぶ。
だが、リョウの表情は至って冷静だった。操舵桿を滑らかに傾けると同時に、ノクターンの艦体が物理法則を無視したような鋭角な横スライドを見せる。
ドガガガガッ!
衝撃波が艦体を揺らすが、ノクターンの曲面装甲は敵の熱線を滑るように受け流し、直撃したミサイルの爆炎を何事もなかったかのように切り裂いて突き進む。
「な……なによこの船!? シールドの出力波形が既存のどの船とも違う……!」
衝撃で倒れ込みそうになったシルヴィアが、コンソールの数値を凝視して目を見開く。
「当然だ、これは古代の『長距離高速跳躍艦』だからな!」
マルコが怒鳴り返す。
「だが、どれだけ頑丈でも囲まれたら終わりだ! リョウ、スリップドライブは使えねえのか!?」
「だめだ、敵艦隊の散布した重力ジャマーのせいで、跳躍座標の計算が干渉を受けてロックできない!」
リョウが歯を食いしばる。
前方には重巡洋艦『アイギス』が立ちふさがり、左右からは護衛艦が挟み込むように主砲を構えていた。逃げ場のない完全な包囲網。
その時、シルヴィアが煤のついた髪を振り乱しながら、コックピットのサブコンソールへと飛びついた。
「重力ジャマーの周波数は……アトランティス社の標準規格ね。私にコンソールの制御権を渡して! 推進炉の熱量出力を微調整すれば、ジャマーを力ずくで打ち消せる!」
「熱量出力の微調整だと!?」
マルコが目を見開く。
「ええ! エンジンのエネルギー伝達効率を0.003%単位で制御すれば、この船の出力なら重力干渉波を強引に相殺できるわ!」
彼女の細い指先が、信じられない速度でノクターンの未解析領域のコンソールを叩き叩き叩く。
それは、かつてリョウとマルコが手探りで触っていた時には決して見せなかった、ノクターンの「真の制御コード」へのアクセスだった。
**《——認証:シルヴィア。プロトコル『スリップストリーム・オーバーライド』起動。推進炉の熱量リミッターを解除します》**
艦内に、これまで聞いたこともない重厚な共鳴音が響き渡った。
メインモニターに表示された推進炉の温度・出力グラフが急速に上昇していく。
「すごい……! なんて完璧な火加減の計算だ!」
マルコが叫ぶ。
「まるで最高級の鉄板の上で、肉の脂が弾ける瞬間を1ミリ秒単位でコントロールしてるみたいだぞ!」
「料理に例えないで!!」
シルヴィアが赤くなった顔で怒鳴り散らした。
「リョウ、熱量相殺のピークはあと三秒後! 敵の旗艦の真っ直ぐ前方に突っ込んで!!」
「了解だ、最高のお嬢様!」
リョウは不敵に笑うと、操舵桿を力強く押し込んだ。
ノクターンの船首に、漆黒と青紫色の重力場が渦を巻き始める。
敵旗艦『アイギス』のブリッジから放たれた極太の主砲レーザーが正面から迫るが——ノクターンが描いた歪んだ重力場に触れた瞬間、レーザーは屈折し、虚空へと逸れていった。
「バ、バカな!? 我が艦隊の集中的な重力干渉を強行突破してくるだと!?」
ヴァルケンの驚愕の声が、遮断されかけた通信から漏れ聞こえる。
「手に入れたいなら、もっと速い船を持ってくるんだな!」
リョウがスリップドライブの起動レバーを引き絞る。
瞬間、宇宙の空間が幾何学的な模様を描いてぐにゃりと歪んだ。
ノクターンは幾何学的な光の尾を引き、敵艦隊の鼻先をかすめるようにして、空間のひび割れの中へと完全に姿を消した。
あとに残されたのは、不発に終わったミサイルの爆炎と、呆然と佇むアトランティス社の巨大艦隊だけだった。
◇
数秒後。
ノクターンが空間の歪みから飛び出したのは、アトランティス社の追撃網を遥かに脱出した『自由貿易都市オアシス』の広大な居住星宙域だった。
メインモニターに映し出されるのは、青く輝く巨大なスペースコロニーと、その周囲を行き交う無数の民間船の光。
「ふぅ……ふぅ……脱出、成功ね……」
シルヴィアがそのまま床にヘタリ込み、安堵の溜め息をついた。
「ハッハハハ! 見たかアトランティス社のマヌケども! 俺たちのノクターンを舐めるなよ!」
マルコが快哉を叫び、ハイタッチを求めようとして……ハッと自分の手を見つめた。
「……あ」
コックピットの背後、簡易キッチンの方から、微かに「ぐうぅぅぅ〜」と情けない音が響いた。
音の主は、床に座り込んだまま顔を真っ赤にしているシルヴィアだった。
「……な、何よ。丸一日、何も食べてないんだから仕方ないでしょ……」
小さくなって俯くシルヴィアを見て、リョウとマルコは顔を見合わせ、腹を抱えて笑い出した。
「よし決まりだ! 無事にオアシスに着いたんだ、今すぐ最高の食材を仕入れに行くぞ!」
マルコが腕をまくる。
「シルヴィア、お前のおかげで命が助かった。今日は特別に、俺たちの『本物の手料理』を奢ってやる!」
「えっ……本物……? アイアンシェフの合成食じゃなくて……?」
ポカンとするシルヴィアの腕を引っ張り上げ、リョウは不敵に微笑んだ。
「驚くなよ、お嬢様。灰色のタンパクパックしか知らなかった奴らが作るメシだが……一口食ったら、二度と元の世界には戻れなくなるぞ」
漆黒の聖遺物『ノクターン』に、最高のエンジニアという新たな家族(仲間)が加わった瞬間だった。
そして彼らの成り上がり冒険譚は、新たな仲間とともに第2章——銀河を巡る怒涛の「激闘と大食い」の航海へと突入していく。




