第4話:底辺のネットワークと、嗅ぎつける不穏な影
「にしてもよ、マルコ。さっきの宙族船のパーツ、あんなにスムーズに裏の解体ディーラーに流せたのは、やっぱりサルベージ屋時代のコネがあったからこそだな」
ノクターンの広大な操縦室。眼下に広がる星屑の海を眺めながら、僕は冷えた麦酒の缶を傾けた。
「当たり前だろ! あの界隈じゃ、俺たちは『泥の中から価値のあるクズを見つけ出す』ことにかけては一目置かれてたんだからな」
マルコは足を組み、フライドポテトを口に放り込みながら胸を張った。
小惑星帯の底辺で細々と生きていた頃、僕たちが所属していたのは【銀河商業ギルド・非正規下部組織】、通称「サルベージ屋ネットワーク」だ。
商業ギルドと聞けば聞こえはいいが、その実態は星系全体の物流網の最底辺。宇宙の塵や、打ち捨てられた廃船、行き場を失ったデブリの山から使えそうな金属をかき集め、末端のブローカーを通じて巨大工業コンツェルンに卸す、文字通り「アリの穴のような裏街道」だった。
すそ野が広いそのネットワークの繋がりは異常に濃く、どこの宙域にどんなクズ鉄が眠っているか、どのブローカーが一番マシな買い値を叩くかといった情報は、すべてこの泥臭いパイプで共有されていた。
「表の『クーリエギルド』の看板を掲げながら、裏では昔のサルベージ仲間と組んで宙族の船体を丸ごと解体・換金する……我ながら、えげつないハイブリッド商売だな」
「いいじゃねえか。綺麗事だけで星間飛行ができるほど、この宇宙は甘くねえよ。生き残るためには、使えるコネは親の棺桶の釘でも利用してやらぁ」
マルコが豪快に笑ったその時だった。
コックピットの隅に設置された、旧式の商用ネットワーク受信端末——サルベージ時代から使っている埃まみれのモニターが、ピピッ、と乾いた電子音を鳴らした。
「ん? なだこれ、古いチャンネル宛ての暗号通信か?」
マルコが首を傾げながら画面をタップする。
画面に映し出されたのは、かつて僕たちが世話になっていたペルセポネ採掘衛星の顔馴染み、老齢のブローカー『オヤジ』の荒いホログラム映像だった。
『……おい、リョウか? マルコもそこにいるか?』
「おっ、オヤジじゃねえか。どうしたんだよ、俺たちが運び屋に転職したって噂でも聞きつけて、祝儀でもくれるのか?」
マルコが軽口を叩いたが、オヤジの皺枯れた顔は一切笑っていなかった。それどころか、脂汗を滲ませ、周囲を警戒するようにきょろきょろと視線を泳がせている。
『ふざけてる場合じゃねえぞ、お前ら……。一体、どこでどんなデカい尻尾を踏んづけたんだ?』
「尻尾って……俺たちはただ、ちんけな宙族を返り討ちにして、身ぐるみを剥いだだけだぜ?」
『バカ野郎! お前らが売りさばいたあの宙族船のパーツ、元をたどれば特定の軍事試作艦のフレームが使われていたんだよ! しかも、それを買い付けた裏ディーラーのデータが、一瞬で別の組織にハッキングされてやがる!』
僕の眉間がわずかにピクリと動いた。
『お前らがコロニーで宙族の船を処分した瞬間から、裏のネットワークに変な連中の網が張られた。……メガコーポレーション「アトランティス社」の私兵部隊の息がかかった情報屋どもが、お前らの足取りを必死に追ってるぞ』
アトランティス社。
星間物流の利権を牛耳り、表ではクリーンな巨大企業を装いながら、裏では軍事機密の隠蔽や非合法な技術奪取のためなら手段を選ばないことで有名な超巨大メガコープだ。
『あの漆黒の船、一体どこで手に入れたのか知らねえが……。連中、手に入りそうにない「古代のオーパーツ」や「未知の超高速推進炉」の噂には目がねえんだ。お前らが軽率に売りさばいた宙族船のパーツのシリアルから、ノクターンの軌道が割り出されるのは時間の問題だぞ!……いいか、当分うちのチャンネルには連絡してくるな!』
プツッ、と雑音とともにホログラムが消え去った。
コックピットの空気が、一瞬で氷点下に冷え込んだような静けさに包まれる。
「……まじかよ」
マルコが持っていたフォークを落とした。
「俺たちが美味い回鍋肉を食うために、こっそり裏でパーツを売っただけだぜ? なんでそれが、メガコープの軍隊を引き寄せる引き金になるんだよ……!」
僕は静かに立ち上がり、ノクターンの滑らかなコンソールに手を置いた。
冷たい金属の感触の奥で、船体が微かに、まるで獲物を見つけた野獣のように低く共鳴している。
知らぬが仏、とはよく言ったものだ。
サルベージ屋時代の顔馴染みを頼ったことが、皮肉にも僕たちの存在を巨大な暗闇のなかに浮かび上がらせてしまった。
だが——。
「後悔しても、もうパーツは溶かして換金しちまったしな」
僕はふっと小さく息を吐き、不敵に笑ってみせた。
「リョウ、お前……笑ってる場合かよ!? 相手はアトランティス社だぞ! 私兵艦隊を私物化してる化け物企業だ!」
「当たり前だろ。隠れてコソコソ逃げ回るなんて、せっかくの銀河最速の船の恥だ。向こうが嗅ぎつけてくるってことは、僕たちの『次の仕事』のハードルが少しだけ上がった——それだけの話さ」
僕が操縦桿を軽く叩くと、ノクターンのメインモニターに全天宇宙のチャートが青く輝きながら展開した。
「どのみち、いつかは狙われる規模の代物だ。ビビッて灰色タンパクパックの生活に戻る気か、マルコ?」
「……冗談言うなよ。あの回鍋肉の味を覚えたこの舌が、もう二度と言いなりになるもんか!」
マルコは苦笑しながら立ち上がり、ガチャリとシートベルトを締め直した。
「上等じゃねえか。アトランティス社の坊っちゃんたちがどれだけデカい戦艦を寄こそうが、俺たちのノクターンと、このお高くとまった野郎どもの鼻をへし折る火加減で、綺麗に丸焼きにしてやらぁ!」
巨悪の影が、静かに、だが確実に僕たちの背後に迫りつつあった。
だが、恐怖はない。あるのは、最高にスリリングな冒険と、最高のごちそうを掴み取るためのハングリーな闘志だけだ。
そしてその数日後。
僕たちの運命を完全に決定づける「最悪で最高のご依頼人」が、ボロボロの脱出艇に乗って、ノクターンの目の前にフラフラと墜落してくるのだった。




