第3話:ハイブリッドな生存戦略と、極上の報酬
「親の遺産だろうが、宙族の身ぐるみだろうが、使えるもんは骨の髄まで使い倒す。それが泥の底から這い上がった俺たちのルールだろ、リョウ?」
マルコがニヤリと下品に笑いながら、コンソールのモニターを指差す。
前方に映し出されているのは、ノクターンの精密無力化兵装——《フェイズ・ナノ・パルス》の直撃を受け、全てのシステムをシャットダウンされた宙族の高速襲撃艇三隻だ。
装甲には傷一つない。内部の生態反応は生きているが、中の宙族どもは高周波による強烈な眩暈で全員昏倒している。
「よし、ノクターンの内部空間を拡張! トラクタービームで回収しろ!」
僕の指示と同時に、ノクターンの艦底ハッチが観音開きに展開した。
外見からは到底入りきるはずのない全長の巡洋艇三隻が、歪んだ重力場に吸い込まれるように、ノクターンの広大な第二格納庫へと悠々と飲み込まれていく。
「……ハッ、外から見たら絶対に収まりきってねえサイズ感だな。異次元ポケットかよ、この船は」
マルコが呆れつつも、眼をドル箱に変えて作業用スーツのヘルメットをかぶった。
「さあ仕事だ! 落ちてる金は全部拾うぞ!」
◇
僕たちが最初に向かったのは、星系連合の表の拠点——『第7中央コロニー』のギルド管理区画だった。
胸元には、つい先日手に入れた【銀河輸送・クーリエギルド】の銅製ライセンスが輝いている。表向きは「ワケありの緊急輸送を専門とする新人運び屋」。だが、僕たちがタラップを下ろして呼び出したのは、ギルドの裏窓口にたむろする【賞金稼ぎ(バウンティハンター)ギルド】の仲介屋だった。
「おいおい……マジかよ、お前ら」
やってきた隻眼のベテラン賞金稼ぎ、ボリスが、ノクターンの格納庫に並べられた三隻の宙族船を見上げて煙草を落とした。
「これ、指名手配中の『赤目団』の襲撃艇じゃねえか。なんで傷一つねえんだ? 中の連中は?」
「全員、中でぐっすりお休み中だ。命に別条はないが、あと半日は目を覚まさないぜ」
マルコがニヤニヤしながら、ボリスの肩を叩く。
「どうだボリス? こいつら、治安維持局に突き出せば首懸賞金で頭あたり二十万クレジット。船体も最新型のチューンが施されてる。俺たちがサルベージ屋時代培ったコネで解体パーツとして売りさばけば、さらに跳ね上がる」
「……お前ら、運び屋だろ? なんでそんなエグい手際で宙族を狩ってんだよ」
「生存戦略さ」僕が不敵に笑う。
「俺たちは依頼品を確実に届ける。ついでに襲ってきた害虫は、無傷で回収して身ぐるみ剥ぐ。お前には首懸賞金の二割を『手続き代行料』としてやる。どうだ?」
ボリスは呆れ果てたように吐息を漏らし、すぐにニヤリと笑った。
「乗った。お前らみたいな強欲な新人、嫌いじゃねえよ」
◇
その日の夕方。
依頼品であるアンティークデータチップの無事な配送報酬に加えて、宙族の身柄と船体パーツの売却益——合わせて**総額六十万クレジット**の電子通貨が、僕たちの口座に振り込まれた。
小惑星帯で泥を舐めていた頃の、数年分に相当する大金だ。
「ついに……ついにこの時が来たぞ、リョウ……!」
コロニーの下町、活気あふれる巨大な青空市場。
色とりどりの照明が灯り、惑星栽培の新鮮な野菜や肉、香辛料の香りが立ち込める雑踏の中で、マルコが感極まった顔で声を震わせている。
「アイアンシェフのプラスチック料理も、灰色の合成タンパクパックも、今日で終わりだ!」
「買い叩くぞ、マルコ。今日はケチるな」
二人が向かったのは、特有の芳醇な脂の匂いを漂わせる高級精肉店だった。
「親父! 惑星テラで育った本物の豚バラブロックを三キロ! あと、そっちのシャキシャキした長ネギをどっさり、ニンニクと本物の生姜もくれ!」
「へい毎度! にいさんたち、羽振りがいいな!」
新鮮な食材で重くなった袋を両手に抱え、僕たちはノクターンへと戻った。
艦内のアイアンシェフは無視だ。
僕たちは予備の作業区画に持ち込んだポータブルの強力ガスコンロと、分厚い鉄の中華鍋をセットした。
マルコが熟練の手つきで包丁を振るう。
トントン、とリズム良く叩かれるまな板の上で、分厚く切られた豚バラ肉、斜め切りにされた長ネギ、そして山盛りのキャベツが踊る。
「いいかリョウ、火加減が命だ。ノクターンのエンジンの熱量調整と同じくらい、フライパンの熱が全体に行き渡る瞬間を見極めるんだ!」
ジュワアアアッ——!!
激しい音とともに、中華鍋から爆発的な煙と芳醇な香りが立ち上った。
豚肉の脂が弾け、特製の味噌、甜麺醤、豆板醤が絡み合い、濃厚なコクと香ばしい焦げ目が食材全体を包み込んでいく。
「出来上がりだ! マルコ特製・銀河一の『本物』の回鍋肉だ!!」
大皿に山盛りにされたそれは、ツヤツヤと赤茶色に輝いていた。
僕たちは白飯の盛られた丼を手に取り、同時に肉とキャベツを口の中へ放り込んだ。
「——っ!!」
衝撃が脳天を突き抜けた。
カリッと香ばしく炒められた豚バラのジューシーな旨味、シャキッとしたキャベツの甘み、そして鼻を抜けるピリッとした豆板醤の辛み。噛むたびに溢れ出す「本物の命の味」が、口内いっぱいに広がる。
「う……うめぇええええっ!!」
マルコが涙をボロボロとこぼしながら、白飯をガツガツと口に書き込む。
「なんだこれ……これが、これが本物の料理なのか!? 灰色の消しゴムなんかじゃねえ……俺たちは今、生きてるんだ!」
「……ああ、美味い。死ぬほど美味いな、マルコ」
僕も熱い飯を噛み締めながら、胸の奥から湧き上がる熱い感情を抑えきれなかった。
宇宙の底で泥を掘り、不味いタンパクペーストを押し込められていた日々。
だが、僕たちは生き残った。この漆黒の船を手に入れ、知恵と強欲さで宙を駆け、ついに自分の手でこの「極上の味覚」を掴み取ったのだ。
「もっと稼ぐぞ、リョウ」
マルコが肉汁のついた口元を袖で拭い、ギラギラとした目を輝かせる。
「もっと宙族を狩って、もっと危険な荷物を届けて、銀河中の美味いもんを全部喰らい尽くしてやる! 邪魔する奴が恒星連邦だろうが神様だろうが、ノクターンの主砲でブチ殺してな!」
「ああ。どこまでも成り上がってやろう」
僕たちは冷えた本物の麦酒のジョッキを力強く叩きつけ合った。
だが、この時の僕たちはまだ知らなかった。
僕たちが手に入れた「ノクターン」の圧倒的な戦力と異質な存在感が、すでに暗黒の星系を統括する巨大企業「アトランティス社」、そして連邦の暗部を刺激し始めているということを。
そして数日後、僕たちの元に——すべての運命を狂わせる「ある逃亡者の密輸依頼」が舞い込んでくるのだった。




