第2話:魂のID登録と、跳ね上がる弾道
「おいおい……正気かよ、リョウ。ハッチが……勝手に開いていくぞ」
マルコが息を呑む。
僕たちが漆黒の船体——『ノクターン』の表面に触れた瞬間、金属であるはずの装甲が生き物のように滑らかに脈動し、僕たちの手元を青白い光のラインが走った。
シューッ、と数千年ぶりに密封を解かれた大気が漏れ出る音が響き、船側面に重厚なハッチが滑り込むように展開する。
艦内に足を踏み入れた瞬間、僕は妙な違和感に襲われた。
(……おかしいな)
外から見たノクターンの全長はおよそ百二十メートル。中型輸送船としても少し小ぶりな部類だ。だが、一歩足を踏み入れたメインコンコースの天井は遥かに高く、廊下はどこまでも奥へと続いているように見える。
「なあ、リョウ……気のせいか? 外から見たサイズより、中の方が妙に広くないか?」
「お前もそう思うか? ……幾何学的な錯覚か、それとも内部の空間が歪んでいるのか」
首を捻りながら奥へ進むと、中央ブリッジにたどり着いた。
そこはSF映画のコックピットというよりは、巨大な神殿の玉座の間のような静謐さに満ちていた。中央に置かれた二つのパイロットシートに向かうと、突然、空中に鮮やかなホログラムが展開する。
**《——未知の生命体を感知。個体識別(ID)の登録を行います。生体波形をスキャン中……》**
「うおっ!? 喋ったぞ!」
「動くなマルコ、スキャンされてる!」
光の帯が僕とマルコを頭から足先までなぞる。一秒の沈黙の後、艦内に澄んだ電子音が響いた。
**《——登録完了。マスター権限を【リョウ】および【マルコ】に移行。プロトコル・コード『ファントム・シード』活性化。基本骨格の位相展開を開始します》**
ズズズ……! と、足元から地鳴りのような重低音が響いた。
壁面が、装甲が、天井が、まるで呼吸するように外側へと微かに押し広げられていく。ほんの数センチ、だが確実に艦体そのものが「拡大」したような感覚。
「な、なんだ!? 船が……でかくなってねえか!?」
「いや、元の形状に『戻って』いるのか……? まるで休眠状態から目覚めたみたいに……」
コンソールに表示されたスペックは、僕たちの常識を遥かに超えていた。
桁違いの出力を誇る未知の推進炉、重力を完全に無視する慣性制御、そして既存の関門を通さずに星間を短縮移動できる特殊跳躍システム。
「サルベージ屋の鑑札なんて投げ捨てろ、リョウ!」
マルコが興奮で顔を真っ赤にして叫んだ。
「この船があれば、俺たちは宇宙で一番速い『運び屋』になれる! 灰色タンパクパックの生活とおさらばだ!」
僕たちはその日のうちにボロい作業艇を売り払い、裏ルートのブローカーに貯金を叩き込んで「宙間運び屋」の臨時ライセンスを手に入れた。
すべては、本物の肉と野菜を腹いっぱい食うために。
◇
鞍替えしてから二週間。
ノクターンの『最速』の噂は、瞬く間に裏社会を駆け巡った。
通常の貨物船なら半月かかる宙域をわずか三日で踏破する僕たちのもとには、足元を見た足のつかない高額な「ワケあり依頼」が舞い込むようになっていた。
だが、甘い蜜には必ず毒がある。
「追撃機、さらに三隻接近! くそっ、あの強奪宙族ども、しつこすぎんだろ!」
暗黒の宇宙空間。ノクターンの背後から、赤いプラズマ弾の群れが迫っていた。
今回の荷物は、ある星系の富豪から依頼された「厳重に封印されたアンティークの磁気データ」。報酬は破格だったが、案の定、途中の無人宙域で凶悪な宙族の改造集団に待ち伏せされたのだ。
「スピードで引き離せないのか、リョウ!?」
「だめだ! 荷物がデリケートすぎて、現在の推進出力じゃ急激な慣性移動に耐えられない! このままじゃ追いつかれる!」
ババババンッ! と船体が大きく揺れた。シールドの数値が削られていく。
「ちくしょう! 逃げるだけじゃ限界がある! なぁリョウ、何か……武器はないのかよ!? これだけ凄い古代の船なんだ、何かドカンと一発ぶっ放せるヤツが、何かないのかぁーーっ!?」
マルコが頭を抱えてコックピットで魂の叫びを上げた、その時だった。
**《——マスターの戦闘意思を検出。要請に応じ、防衛兵装の初級フェイズを解放します》**
艦内に低く重い駆動音が響く。
コンソール上に見たこともない武装シークエンスが急速に立ち上がっていく。
「な……なに!?」
船体外部——両翼の装甲が幾重にもスライドし、内部から漆黒の銃身がせり出してきた。それは現代のプラズマ砲や実体弾砲とは明らかに異なる、空間そのものを歪ませる微粒子砲だった。
僕の目の前の照準器に、追撃してくる宙族の三隻が自動でロックオンされる。
手元に伝わってくるのは、船自体が「待ってました」と言わんばかりに脈動する、荒々しくも心地よいパワー感。
僕の口元が、自然と不敵に歪んだ。
「マルコ、舌噛むなよ!」
「えっ、あ、おいリョウ——!?」
操舵桿のトリガーを思い切り引き絞る。
瞬間、ノクターンの両翼から解き放たれたのは、眩い漆黒と紫の螺旋光線だった。
音のない宇宙で、光線は直線的に空間を穿ち、宙族の改造船三隻をシールドごと一瞬で蒸発させた。爆発の炎すら、歪んだ空間の中に飲み込まれて消えていく。
「……は?」
マルコが口をぐうの音も出ないほど開けて、モニターの何もなくなった空間を見つめている。
「……嘘だろ。一発で消し飛ばしやがった……」
「へっ……驚いたな。この船、ただ速いだけじゃない」
僕は操舵桿を握り直し、ノクターンのコンソールを愛おしそうに撫でた。
マスターの危機や叫びに呼応して、封印された兵装が解き放たれ、船自体が形を変えて成長していく——。
この漆黒の相棒には、僕たちが想像している以上の「恐ろしい秘密」が隠されているらしい。
「よし……邪魔者は消えた。目的地まで一気に飛ぶぞ、マルコ!」
「お、おう! 行こうぜ! 配送を終わらせて、次の星で最高に美味い生ハムとワインをたらふく味わってやる!」
ノクターンは幾何学的な光の尾を引いて、暗黒の宙域へと滑り込んだ。
僕たちの「無敵の運び屋」としての成り上がりストーリーは、まだ始まったばかりだった。




