第5話:無法のステーションと、甘い罠の気配
【前書】
「いや、実際には暗部同士、連邦もアトランティスもつながっているのかもしれない。連邦にも要注意だな。いや、とにかくすり寄ってくるやつらには要注意だ、特にリョウ、お前はハニトラにかかりやすいからな」
マルコのその言葉に、シルヴィアがジト目を向け、ノクターン(ARメイドモード)がクスクスと肩を揺らした。
「ちょっとマルコ、それどういう意味だ。僕がいつハニトラにかかったっていうんだよ」
「おいおい、忘れたとは言わせねぇぞ! サルベージ屋時代のあのバーの赤毛の姉ちゃんだって、怪しい特務の案件だって知る前に、タダの酒とホログラムの愛想にほだされて情報渡しそうになってただろ!」
「あれは情報じゃなくて、ただの世間話の延長だったはずだ……!」
「それがすでにハニトラの罠にハマってる証拠なのよ、リョウ!」
シルヴィアが呆れたようにため息をつく。
『ですねぇ! マスターのその「困っているお姉さんを放っておけない」という母性本能(?)をくすぐる母性キラーな一面、当艦のデータベースにもしっかり「要注意フラグ」として記録されていますよぉ!』
「お前までデータを取るな、バカAI!」
リョウが頭を抱えると、艦内には賑やかな笑い声が響いた。
だが、その軽口の裏で、全員の頭の中に共通の危機感が重く沈んでいた。
——連邦の暗部とメガコーポレーション。
表向きは正義や経済の秩序を謳いながら、裏では同じ穴のムジナとして結託し、都合の悪い真実はすべて闇に葬り去る。もしアトランティス社の背後に「連邦の特務機関」そのものが一枚噛んでいるとなれば、今回の仕事は単なる「企業のデータ泥棒」から、「銀河の支配構造そのものを敵に回す大博打」に跳ね上がる。
「……まあいいさ」
リョウは笑みを引っ込め、再び操舵桿に手を添えた。その瞳に、冷徹かつギラギラとしたハングリーな光が宿る。
「連邦だろうがアトランティスだろうが、すり寄ってくる奴らが全員タダの詐欺師か、僕たちの首を狙う刺客ってことなら話は早い。こっちも利用できるものは骨の髄まで利用して、最後には鼻をあかしてやればいいんだ」
「その意気よ、リョウ!」
シルヴィアが拳を握りしめる。
「ルビコン星系に着けば、闇オークションの裏で色んな連中が接触してくるはずだわ。甘い言葉や美女の誘惑(ハニトラ対策は私が厳重に監視するんだからね!)には一切乗らず、完全に出し抜いてやりましょう」
『お任せください! 万が一あやしい美女が近づいてきたら、当艦の主砲の威圧微粒子を足元に発射して、物理的にハニトラを粉砕しますからねぇ!』
「それはそれで物騒すぎるだろ……」
緊張とユーモアが入り交じる中、ノクターンはついに『ルビコン星系』の厳重な検問宙域を抜け、目的地の影に隠された巨大な闇貿易ステーション——『ルビコン・ゲート』の巨大なシルエットを捉えた。
法も秩序も届かない、欲望と暴力と最高の美食が入り混じる無法のフロンティア。
三人と一隻の成り上がりチームは、新たな罠と極上のターゲットが待ち受ける闇の中心へと、静かに足を踏み入れていく——!
「……ここが闇の巨大交易都市『ルビコン・ゲート』か。サルベージ屋時代にも噂でしか聞いたことがなかったぜ」
マルコが操縦席の窓にへばりつき、眼下に広がる異様な光景に目を見張った。
廃業した連邦の宇宙要塞を違法に改造・増築したというそのステーションは、ネオンのギラつきと無数の船のエンジン光に彩られ、まるで暗闇に浮かぶ毒々しい大輪の花のようだった。
表の法律も治安維持局の目も届かない、宙族・闇商人・亡命科学者・そしてメガコーポレーションの裏工作員たちが蠢く「欲望の坩堝」だ。
「リョウ、入港チャネルの接続が完了したわ」
シルヴィアが端末を操作しながら、周囲を警戒するように声を落とす。
「ドン・カルロ指定のドックは『区画88』。表向きは高級外車やパーツの解体工場を装っているけれど、裏ではオークション出品者のセーフハウスになっている場所ね」
『はいっ! 周囲の通信データを密かに傍受中ですが、すでに当艦の偽装シグナルを解析しようとする不審なスキャン波が3件検出されていますよぉ!』
ノクターン(ARメイドモード)がホログラムの扇子をパタパタと仰ぎながら、可憐な顔で恐ろしい報告を口にする。
「へっ、さすがは魑魅魍魎の巣窟だな。すり寄ってくる奴らは全員カモか刺客……特にリョウ、お前は本当に気をつけろよ? 連邦の暗部が送り込んできた『仕込みの美女』にコロッといかれたら目も当てられねぇからな!」
「だから、かからないって言ってるだろ……!」
リョウは苦笑しつつ、腰のガンホルスターと装備の最終チェックを行った。
「シルヴィア、ノクターンの隠蔽モード(カモフラージュ)を最大にしてくれ。僕とマルコでドン・カルロの代理人と接触し、データの引き渡しと三百万クレジットの回収を行う。シルヴィアは船に残って、エネルギーパック(融合炉燃料)とノクターンの実体化用パーツの買い出し手配をお願いできるか?」
「任せて。裏市場のコンソールにハッキングして、最高品質のレアメタルと予備燃料を最安値で確保しておくわ。……でもリョウ」
シルヴィアは少しだけ上目遣いになり、リョウの服の袖をキュッと掴んだ。
「怪しい女の人に声をかけられても、絶対についていっちゃダメだからね? 私はノクターンと一緒にモニターでずーっと監視してるんだから!」
『そうですとも! 万が一ハニトラの兆候があれば、ドックの天井を主砲で吹き飛ばして助けに行きますからねぇ!』
「助けに行くっていうか、巻き添えで吹き飛びそうなんだが……」
マルコと顔を見合わせ、リョウは苦笑いを漏らしながらタラップを下りた。
◇
『区画88』のタラップを下りると、むせ返るようなオイルと香辛料、そして熱気と危険な薬品の匂いが鼻を突いた。
雑多な人ごみをかき分け、指定された重厚な防弾シャッターの前へと辿り着く。
暗号コードを入力すると、重々しい金属音とともにシャッターが滑り上がった。
内部は、高級感漂う調度品と、最新のホログラムモニターがずらりと並ぶラグジュアリーな応接室だった。
そして、その中央の皮張りソファに腰掛けていたのは——。
スリットの深く入った漆黒のドレスに身を包み、紫煙の混じる細い煙草を燻らせる、妖艶な美女だった。
「——あら。噂の『凄腕の運び屋』さんたちは、思ったよりも若くてハンサムなのね?」
女優のような透き通る声と、蠱惑的な笑み。
彼女が立ち上がり、滑らかな足取りでリョウへと近づいてくる。
その瞬間、リョウの耳元に装着された超小型通信機から、シルヴィアとノクターンの叫び声が同時に爆発した!
『——っ!? リョウ! 出たわよハニトラ!! 距離を取って、今すぐ距離を取って!!』
『マスター!! 主砲の微粒子砲、充填率80%です!! いつでも足元を吹き飛ばせますよぉぉ!!』
(……静かにしてくれ、二人とも!)
リョウは心の中で叫びながら、顔色ひとつ変えずに不敵な笑みを浮かべ、美女——ドン・カルロの側近を名乗る女の前に立ち塞がった。
「挨拶は抜きにしよう。ドン・カルロの依頼品を持ってきた。……約束の三百万クレジットと、美味いメシの情報を用意してもらおうか」
裏社会の深淵、そして連邦と巨大企業の黒い影が渦巻くルビコン・ゲート。
ハングリーな運び屋たちの、最もスリリングで欲張りな交渉がいま始まった——!




