第3話:悪魔の輪舞曲(ロンド)と、完璧な火加減
「来るわよ! 12時方向、巨大デブリ群および……アトランティス社・第3追撃群の先鋒部隊!」
シルヴィアの叫びとともに、メインモニター一面に漆黒の死界——小惑星帯『デビルズ・リング』が広がった。
大小無数の岩石や氷の塊が、不規則かつ超高速で乱舞する絶対不可侵の空間。通常、どんな最新鋭戦艦であろうと迂回を余儀なくされるこの宙域に、ノクターンは減速することなく全速力で突入していく。
さらに、その小惑星帯の出口を塞ぐように、ヴァルケン旗艦『アイギス』と同型の重巡洋艦一隻と、高速機動艇の部隊が待ち構えていた。
『追撃隊より全艦へ! あの黒い船を逃がすな! デブリもろとも集中砲火で圧殺せよ!』
宇宙の暗闇を、無数のプラズマ弾と高出力レーザーが網の目のように切り裂く。前方からは跳び交う巨大な岩石の群れ、背後と側面からは追撃隊の怒涛の砲火。まさに絶対絶命の挟み撃ちだ。
だが——今のノクターンは、以前のノクターンではない。
『マスター! 【デブリ回避・弾道シミュレーション】および【時空偏向シールドの最適化】完了しました! シルヴィア様、いつでもいけますよぉ!』
ノクターン(ARメイドモード)が黒板消しをサッと掲げ、完璧なナビゲーションデータをシルヴィアへ転送する。
「任せなさい! エンジン出力、熱量スロットル……0.001%単位で微調整開始!」
シルヴィアの指先が、まるで極上のピアノを奏でるようにコンソールの上を跳ねる。
ノクターンの機関部から、心地よい重低音の「歌声」が響き渡った。
「よし……行くぞ!!」
リョウが操舵桿を引き絞る。
ズバババババンッ!!
物理法則をあざ笑うかのような、超次元の幾何学機動。
ノクターンは、迫りくる巨大デブリの隙間わずか数メートルの間隙を、紙一重の滑らかなロールで通り抜けていく。敵のプラズマ弾がデブリに直撃し、大爆発の炎と岩石の破片が吹き荒れるが、それらすべてがノクターンの偏向シールドによって流れるように弾き返されていく。
「な……なんだあの操縦は!? デブリ群の中で減速するどころか、加速しているだと!?」
通信回線から漏れ聞こえる敵隊長の悲鳴。
「マルコ! 勉強の成果を見せてやれ!」
「おうよ! アトランティス社のカモ共、俺たちの『食の自由』と『本物のウニ』の邪魔をするんじゃねぇえええ!」
マルコが手元のアナログ・サブ照準器をガツンと叩き込む。
ノクターンの両翼からせり出したディストーション・キャノン(微粒子砲)が、青紫色の光を帯びて咆哮した。
ズドンッ——!!
空間そのものを穿つ撃滅の光線。
デブリの陰に隠れていた敵の高速機動艇二隻が、シールドごと一瞬で消失し、残された三隻も爆発の衝撃波で制御を失って小惑星の岩肌へと激突していく。
「一発で五隻……! マルコ、大雑把なようでいて、着弾点の計算が完璧だわ!」
シルヴィアが驚きと感心の声を上げる。
「ヘッ、伊達に毎日中華鍋で細切れ肉の飛び散り角度を計算してねぇからな! 火加減と火力の通り道は身体にしみついてんだよ!」
『キャーッ! マルコ様、理屈はともかくカッコいいですよぉ〜!』
ノクターンがホログラムで拍手を送る。
だが、その瞬間、ノクターンの前に立ちはだかったのは——デブリの嵐を強引に圧砕しながら進み出てきた、重巡洋艦の巨躯だった。
『甘いな、クーリエども!』
スピーカーから、あの冷徹で重厚な声が響く。ヴァルケン本人だ。
『貴様らがこの死の小惑星帯を選ぶことは織り込み済みだ。この距離、この高密度宙域では、自慢の超高速跳躍も起動できまい。大人しくその古代船とシルヴィアを引き渡せ!』
重巡洋艦の全砲門が開き、超高出力の荷電粒子砲がノクターンをロックオンする。回避不能の至近距離。
「……くそっ、万事休すか……!?」
マルコが歯を食いしばる。
だが、リョウの口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「ヴァルケン……お前は大きな間違いをしている」
「え……?」シルヴィアがリョウを見つめる。
「お前はノクターンをただの『高価な兵器』としてしか見ていない。だが僕たちは……この船を『最高の相棒』として乗っているんだ」
リョウは操舵桿を力強く押し込み、ノクターン(ARメイドモード)に向かってニヤリと笑いかけた。
「ノクターン! 『実体合成フェーズ』の予備エネルギーをほんの少しだけ借りるぞ! 敵の旗艦の鼻先へ……最短距離で『突き抜け』ろ!」
『はいっ、マスター! 私の初実体化はお預けですが……マスターたちの夢と、ごちそうのためなら喜んで!!』
ノクターンが愛らしく敬礼すると同時に、船体全体が眩い漆黒の光に包まれた。
「シルヴィア! 熱量制御、限界突破だ!」
「任せなさい!! ヴァルケンの戦艦なんて、特大ポークソテーみたいに丸焼きにしてやるわーーっ!!」
シルヴィアがレバーを全開まで倒す。
瞬間、ノクターンは重巡洋艦の荷電粒子砲が放たれたその直線上の軌道へと、真っ向から突っ込んでいった!




