表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
91/112

第91話 信仰を潰すための依頼

 振り返った辺境伯の目に、さっきまで押し殺していた苛立ちがそのまま浮いている。細くなった瞳が、露骨にこちらを射抜いてくる。


「忌々しい。結界さえなければ、キサマの首など刎ねてやったわ」


 吐き捨てるように言ってから、口元だけが歪む。笑っているのに、温度はまるでない。


「だからキサマが一番苦しむ方法で、ジェラルド殿下の無念を晴らしてやるのじゃ」


 その一言で、思考が一気に繋がる。


「ケイシーをどこへ連れて行った!」


 叫んだ瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなる。視界の端が黒く滲む。拳が震えて、爪が掌に食い込む。

 辺境伯はわずかに眉を動かし、それから面白がるように目を見開いた。


「安心するのじゃ。早々に殺したりはせぬ。ひとつ条件を出してやろう」


 その“殺す”の一言が、怒りの炎に冷たい刃を突き立てる。

 一瞬、呼吸が止まる。

 殺す? こいつが?

 ふざけるな。今すぐ殴り倒してやりたい。喉元に手を伸ばして、二度とそんな言葉を吐けないようにしてやりたい。


 ――冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ。


 今ここで飛びかかったら、ケイシーがどうなる。

 歯を食いしばり、胸の奥で暴れる怒りを必死に押し込める。


 条件。

 その言葉だけが、かろうじて俺の理性にブレーキをかける。

 こいつの企みが何であれ、まずは聞くしかない。彼女を取り戻すために。


「クソッ……」


 吐き出した声が震える。

 油断していた。

 ケイシーをサンクチュアリから降ろすんじゃなかった。

 こんな町、来るべきじゃなかった。

 その後悔が、胸の奥で渦を巻く。


 歯を食いしばったまま、息を整える。

 感情のまま動けば、確実に失敗する。

 助ける方法を、考えるしかない。


「この地には竜が住んでおる」


 唐突な単語に、思考が一拍遅れる。


「竜、だと?」


 聞き返すと、辺境伯はわずかに眉をひそめた。確認するまでもないだろう、とでも言いたげな顔だ。


「その竜を神のごとく崇める連中がおる。赫竜教(かくりゅうきょう)じゃ」


 初めて聞く名だ。

 黙っていると、それをどう受け取ったのか、辺境伯が鼻で笑う。


「知らぬのも無理はない。王都では大した勢力ではないからな。じゃが、この地では違う。領民の半分が教徒じゃ」


 ……半分。

 それはもう宗派というより、もう生活そのものだ。


「それが?」


 今の話が俺にどう繋がるのか見えない。

 辺境伯の顔が、わずかに歪む。


「邪魔なのじゃ」と、低く吐き出すような声だ。

「強さの象徴だの、支配者だの、くだらぬことを言いおる。

 この地を治めておるのは儂じゃ。竜などではない!


 しかし、下手に弾圧すれば内乱じゃ。

 辺境で内乱など起これば、国境どころではなくなる。

 じゃからキサマに命じる。

 竜を殺せ」

「……は?」

「竜がいなくなれば、赫竜教は根拠を失う。信仰など所詮は偶像じゃ。偶像が消えれば瓦解する。

 異世界人なのだろう? 竜に対抗できる力があるやもしれぬ。

 それに、都合も良い。もし失敗してもキサマが竜に食い殺されるだけじゃ」


 クックッ、と喉の奥で笑う声が漏れる。

 話の筋が繋がらない。いや、繋げたくないのかもしれないが、それでも無理がある。


「この世界に竜がいるのか。空想ではなく?」


 辺境伯は怪訝そうに眉を寄せ、

「知らんかったのか?」

「ああ」


 短く返すと、ほんの一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに興味を失ったように視線が流れる。


「まあ良い。キサマには監視役を付ける。おい、ジュディ!」


 名を呼ばれ、ひとりの女性騎士が前に出ると、

「はい、閣下」と、胸に拳を当て、きびきびと応じる。


「こやつの監視を任せる。竜の住処まで案内するのじゃ」

「承知しました」


 声ははっきりしているが、奥に緊張が混じる。

 辺境伯は、もう一度だけ俺に視線を戻す。


「逃げるなよ異世界人。逃げれば、あの娘がどうなるか……分かるな?」


 ――わかりたくないわ! クソ禿が!!


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ