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第85話 子育て失敗

「お願いします、魔術適性付与薬を、侵略のために、使わないで」


 ケイシーの願いが庭園に染みる。


 数秒――いや、体感ではもっと長い。

 時間が引き伸ばされたみたいに、やけに長く感じる。

 誰も動かない。

 誰も口を開かない。

 視線が王子に集まる。


 やがて、王子が、ふっと息を漏らす。

 次の瞬間、声を上げて笑う。

 乾いた笑いだ。高くも低くもないのに、やけに響く。

 そのまま、ゆっくりと拍手を始める。

 パン、パン、と間の抜けた音が庭園に広がる。場違いなくらい軽い音だ。


「なるほど、面白い。異世界人に染められたか……。小娘にしては、よく考えている」


 褒めているようで、完全に見下している。言葉の端々に棘がある。

 次の瞬間、笑みが消えた。


「だが甘い! 十年! それだけあれば十分だ!

 周辺国をすべて落とし、十年で、この大陸を統一する!

 大国になれば、逆らう弱小国など存在しないっ!!」

 両腕を大きく広げ、

「余の足元に、全ての国がひれ伏すのだっ!!」


 挑むような、噛みつくような笑みだ。

 その視線が、すっと俺に向く。


「異世界人。これでもまだ、余を簒奪者と呼ぶか」


 ――ダメだな、これは。


 頭の中で、静かに結論が出る。


 コイツの中にあるのは野望だけだ。

 なぜ戦うのか。その先に何を残すのか。

 そういうビジョンが、そもそもない。

 あるのは“統一したい”だけ。

 力を誇示したいだけ。

 ガキ大将かよ。

 幼稚だ、あまりにも。

 これじゃ議論にすらならない。


 深いため息が自然と漏れる。

 王よ、あの日、あれほど強く宣誓したくせに、目の前のこの光景は何だ。

 後継者を育てるのは王の責任だと、そう言ったよな。

 有言実行なんて言葉、あんたにはもう似合わない。

 悪いが俺は降ろさせてもらう。

 この責任は、あんたが取るべきだ。




 俺は両手を上げる。肩の力を抜いて、わざとらしく降参の形を作る。


「はいはい、私の負けです」


 軽く言う。今までの流れをぶった切るくらい、あっさりと。

 王子の眉が、ぴくりとひそめられる。


「何、だと」


 戸惑いが混じり、さっきまでの勢いが一瞬だけ鈍る。


「部外者が口を出しすぎました。私は黙ります。ど~ぞ、陛下とお話ください」


 手をひらひらさせる。完全に興味を失ったふりで。

 いや、実際、もう興味がない。

 張り詰めている空気が、ふっと緩む。

 騎士たちの足が、微妙に動く。構えが崩れ視線が散る。


 その“隙”で十分だ。

 俺は顔を動かさず、小声で、

「サリー、いつでも二階を出せる準備をして」

「りょ」

「ケイシー、二階が出たら急いで登って」

「はい」


 小さな声。それでも、さっきまでの震えは少しだけ収まっているように聞こえる。


 よし、段取りはできた。

 あとは合図ひとつで、全部ひっくり返せる。

 こんな国、付き合ってられるか。


 ――“鳥居”を使って、とっとと逃げてやる。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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