第83話 賢王の庭に現れた簒奪者
庭園の入口がざわついたかと思った瞬間、騎士たちが一気に流れ込んでくる。
足音が重なる。鎧がぶつかる鈍い音が、空気をかき混ぜるように広がる。
それに反応するように、近衛が前へ出た。
王を背に押し込む形で円を作り、盾を構える動きがやけに早い。迷いがない。訓練の賜物ってやつだろう。
盾と盾が噛み合い、金属の壁が一瞬で立ち上がる。
対して、押し寄せてきた騎士の数は明らかに多い。庭園の外周をなぞるように広がり、じわじわと包囲を完成させていく。
綺麗に咲いていた花たちは、鉄靴に踏みつぶされ、土と混ざり色を失う。
剣はまだ抜かれていない。だが、それだけだ。静かなだけで、緊張はむしろ濃い。指一本で崩れそうな均衡が、ぎりぎりで保たれている。
その鎧の隙間が不自然に割れ、一人の男が、そこを歩いてくる。
鎧はなく、外套だけ。場違いなくらい軽い足取りで、まるで散歩の途中にでも立ち寄ったみたいな顔をしている。
「ジェラルド、殿下……」
隣でアランがかすれた声で呟く。ここまで露骨に動揺するのは珍しい。
――なるほど、こいつが王子か。
眉は吊り上がり、常に誰かを値踏みしているような目つき。
口元は歪んでいて、笑っているのか不機嫌なのか判別がつかない。少なくとも、理屈で話が通じるタイプには見えない。
王子は騎士たちの列を抜け、そのまま数歩だけ前に出ると、ぴたりと足を止める。
近衛の盾越しとはいえ、距離がやけに近く感じる。わざとか、ただの性格か。どっちにしても、圧のかけ方が強い。
「ジェラルド。何事か」
王の声は低い。叱りつけるというより、抑え込むような響きだ。
「王よ――いや、父上。そこの異世界人と交わした誓い、破棄して頂きたい」
淡々と抑揚のない声。原稿を棒読みしているみたいだ。
「ならん!」
一瞬で空気が割れる。
王の声が庭園に叩きつけられ、盾越しでも振動が伝わってくる気がする。近衛の肩がわずかに強張るのが見える。
「余の名をもって立てた誓いである。その意味も、その思いも、そなたが分からぬはずがなかろう」
王子は鼻で笑い、
「いいえ、父上。分かりませぬ。不戦などという世迷言。おおかた、そこの異世界人に騙されたのでしょう。お労しい」
「否! 余は語らい、納得し、誓いを立てた。そこに欺瞞などない」
「異世界人の術によって、父上は乱心なされておいでだ。すぐにでも、お助けせねばなりませぬ」
王の額に深い皺が刻まれる。さっきまでの温厚さが、完全に消えている。
「オーウェンとロックウッドはどうした」
宰相と総長の名前を出した瞬間、場の温度がわずかに下がる。
王は疑っている? いや、確信めいた声に聞こえる。
王子の口元が、ゆっくり歪む。
「お二人はお疲れのご様子でしたので、屋敷にて養生して頂いております」
「ジェラルド、貴様……」と、その一言に、抑えきれない怒気が滲む。
――監禁か? まさか、殺――
胸の奥が冷える。じわっと、温度が落ちていく感じがする。
俺のせいか? この惨状は。
このアホに引き金を引かせたのは、俺なのか?
だったら、止めるのは俺の責任だ。
――クソが!!!
奥歯を噛み締める。力が入りすぎて、こめかみのあたりがじんとする。
拳を握る。指の骨がきしむ音が、やけに大きく感じる。
わざと深く息を吸う。乱れそうな呼吸を、無理やり整える。
そして、声を張る。
「なるほどぉ~っ」
場に似つかわしくない声量が、庭園に跳ねる。
空気が一瞬だけズレる。張り詰めていた糸を、無理やり切る感覚が残る。
隣でアランが固まっている。目を見開いて、口をぱくぱくさせているが、声になっていない。
王子の視線が、すぐに俺へ向く。
値踏み。苛立ち。殺意。どの感情が乗っている表情なのかわからない。けれど、こんな状況だ、その全てが乗っていても不思議じゃない。
「何が“なるほど”だ、異世界人」と、見下す声が落ちる。
「いえ。状況が分かっただけです」
「ほう?」
俺はゆっくり周囲を見回す。
さすがに、王を守る近衛騎士は振り向かない。けれど、王子に従う騎士たちは、不思議な物を見るような視線を俺に向ける。
「陛下が命じてもいない騎士が五十ほど。これはもう反乱でしょう」
ざわり、と空気が揺れる。抑えていた音が、隙間から漏れたみたいに広がる。
王子が、じっとりと睨んでくる。
「言葉に気を付けろ、異世界人」
「事実ですよね。尊き陛下の御前に武装した兵を並べる。どう見ても忠誠ではない」
「異世界人。キサマがたぶらかしたのだ」
「おやおやぁ~?」と、わざと間延びさせる。神経を撫でるように、ゆっくりと、言葉に抑揚を乗せる。
「もし私が悪いのなら、なぜ私を狙わず、陛下を巻き込むのです?」
王子の眉が、ぴくりと動いた。
「王を呼び寄せたのが私だ、という嘘の伝令を送ったのは王子ですよね」
「知らんな」
「この期に及んで白を切る、か……。おおかた、私が陛下を殺めた。そんな筋書きを目論んでいるんでしょう」
「黙れ異世界人。そうやって父上を篭絡したのだろう」
声に苛立ちが混じる。いい傾向だ。冷静さが削れてきている。
「この私の、拙い囀りで、賢王のお心が揺れたとでも?」
「父上は気を病んでおられる。異世界人の策略によってな。だから静養が必要なのだ」
「つまり、静養を名目に陛下を離宮へ移し、実質的に幽閉するのが目的なわけだ」
「父上の体調を案じたゆえの、当然かつ不可欠な措置だ。取り違えるな」
「認めましたね。そうしてできた空の王座に相応しいのがご自分だと言いたい」
「そうだ」と即答。そこに一切の躊躇がない。
「力こそ国。戦える国だけが生き残る。余は国を強くする。弱腰な誓いなど不要だ」
「その理屈だと、今ここで陛下を脅しているあなたは、強い国を作る人間じゃなくて。ただの簒奪者だ」
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