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第81話 玉座の前の火薬庫

 国王陛下の執務室は、いつ訪れても静まり返っております。

 分厚い扉が外界の音を断ち、耳に届くのは紙をめくるかすかな音だけ。

 それが、この部屋の常でございます。


 ですが、本日は違いました。


 沈黙の奥に、火薬のような匂いが混じっている。

 目には見えぬのに、いつ弾けてもおかしくない緊張が、空気の底に沈んでいるのです。


 机の向こうにはブライアーズ陛下。

 そして、その前に第一王子ジェラルド殿下。


「宰相、始めてくれ」と、王は落ち着いた口調で、わたくしに命令されました。

「はい」と、静かに口を開き、

「殿下。単刀直入に伺います」


 その瞬間、王子の瞳がわたくしを射抜きました。

 冷たい視線。まるで獲物を見る猛獣のよう。


「ダニエル・ウッズ、ジェイミー・プラウズ。両名を投獄した理由をお聞かせ願えますかな」


 王子の眉がわずかに動きましたが、すぐに鼻で笑います。


「軍規違反である」と即答。

「軍規違反、でございますか」

「そうだ。命令系統を無視し、勝手に行動した。騎士として許されぬ」


 なるほど。

 予測の範囲内。用意された答えでございます。

 わたくしは穏やかな声を崩さず、続けました。


「では殿下に、もう一つ質問を」


 王子は腕を組み、顎をわずかに持ち上げます。


「……何だ」

「最近、ラフィド芋とアンシアンの実の入荷量が増えていることは、ご存知ですかな」


 その一言で、空気がわずかに揺れました。

 王子の視線が、ほんの一瞬だけ動く。

 ですが次の瞬間には、何事もなかったかのように戻ります。


「知らぬな。市場のことなど、余の知るところではない」


 ほう。ここまで白を切りますか。

 わたくしは軽く頷きました。


「そうでございますか。ですが、第二騎士団の食糧記録は調べさせていただきました」


 王子の眉が、ぴくりと動きました。


「殿下が団長を務めておられる第二騎士団。ここ二ヶ月、ラフィド芋の消費量が急増しております。これは偶然でしょうか」


 王子の口元が、ゆっくり歪みました。


「……ふん」と、鼻で笑うと、腕をほどき、堂々と胸を張ります。

「だったら何だ! 魔術適性を持つ騎士を増やして何が悪い!」


 声が部屋に響きました。

 ついに開き直りましたか。


「この国はいつまで守りに入っているつもりだ。周囲の国は軍を拡張している。いつ戦争が始まってもおかしくない。力――、力が必要なのだ!」


 拳が机に叩きつけられました。

 しかし陛下は動かれません。

 ただ静かに、王子を見ておられる。

 王子はさらに言葉を重ねます。


「騎士が魔術を使えれば戦力は倍になる。いや三倍だ! そのためにラフィド芋を使い、騎士団を強くしただけだ!」


 その瞳には、後ろめたさの欠片もございません。

 わたくしは小さく息を吐きました。

 やはり、この方は嘘をつくのが、実に下手でございます。

 ですが、その代わり、信念だけは誰よりも強い。


「では殿下」

「何だ」

「その計画を陛下にご報告は?」


 その瞬間、王子の顔から先ほどまでの勢いがすっと消えました。


「騎士団の強化に、いちいち王が関心を持つとは思っておらぬ。

 第二騎士団は防衛軍。民を守るのが任務だ。団の強化は団長である余の裁量の内であろう」


 理屈としては、破綻しておりません。

 ですが、どうにも作り物のように聞こえる。

 その時、陛下がゆっくりと椅子の背にもたれられました。


「ジェラルド。余は異世界人と誓いを交わした」


 静かな声でした。

 王子の眉が動きます。


「誓い……ですか」

「うむ。不戦の誓いである。わが国から戦を仕掛けることはせぬ。

 しかし、それは弱さを意味するものではない。

 力とは、振るうためだけにあるものではないのだ」


 部屋に沈黙が落ちました。

 王子はしばらく目を伏せておりましたが、やがて小さく頷きます。


「……なるほど。理解いたしました。

 確かに、強き軍があれば、他国は軽々しく刃を向けられぬ。それこそが抑止力。余も、陛下のお考えに賛同いたします」


 先ほどの激情が嘘のように、落ち着いた声。

 あまりにも素直すぎます。

 あれほど激しく主張していた男が。

 ここまであっさり矛を収めるものでしょうか。

 理屈としては通っております。

 ですが、胸の奥に小さな棘が残りました。


 陛下は柔らかく微笑まれます。


「そうか。ならば良い。余はそなたを信じる」

「ありがたきお言葉」


 それ以上、陛下は追及なさいませんでした。

 わたくしは一礼いたします。


「では本件、ひとまずこれにて」

「うむ」と、陛下が頷かれました。


 王子は踵を返し、重厚な扉へ向かい、歩き出す。


 あと数歩で退室。

 その時でございます。

 理由は自分でも分かりません。

 ただ、胸の奥に残っていた違和感が、わたくしに顔を上げさせたのです。


 そして、わたくしは見ました。

 王子の顔を。

 先ほどまで従順に見えていた表情が、醜く歪んでおりました。

 歯を食いしばり。

 目には抑えきれぬ苛立ち。

 怒りと侮蔑が混じり合った、暗い顔。


 次の瞬間には、もう消えておりました。

 王子は何事もなかったかのように扉を開き、退室していきます。


 やはり、あの方は、陛下の言葉に納得したわけではございません。

 ただ、従うふりをしているだけなのでしょう。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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