第80話 不穏な影が動き出す
サリーと話をしていると、石畳を叩く靴音が近づいてくる。
アランだ。妙に早足なのが気になる。
「ユウナギ殿!」
「どうした」
アランはサンクチュアリの手前で足を止め、そのまま一度だけ視線を流す。庭園の端から端まで、無駄なくなぞるように確認している。
ここには誰もいない。
ケイシーは厨房に行っている。
アランは声を落とし、
「問題が起きました」
「嫌な前置きだな」
「ジェラルド殿下がダニエルとジェイミーを投獄しました。先ほどの事です」
一瞬、意味が入ってこない。
遅れて理解し、眉が強く寄る。
「……は? 理由は?」
「公表されておりませんが、おそらく魔術適性付与薬について事情聴取を行うためと思われます」
思わず、舌打ちが漏れる。
情報が回るのは予想していた。しかし、ここまで露骨に動くとは思わなかった。
アランは表情を変えずに続ける。
「調査に関わっていた者は、全員対象になる可能性があります。わたくしは宰相府の人間ですので、今回は外れただけかと」
「さっき、ダニエルの後輩たちが来ていた」
「戻れば投獄されるかもしれませんが、わたくしにはどうすることもできません」
「その殿下とやらは、どんな奴だ」
問いかけると、アランはすぐには口を開かない。
わずかに視線を落とし、言い淀む。
「第一王子であらせられ……、力こそ全て……、そのようなお方です」
言葉を選んだ結果がそれか。ということは、脳筋バカと想定しておいたほうが良さそうだ。
「なるほどな」
「ダニエルたちは逆らえず、全てを話すでしょう。王族の命令ですから」
「だろうな」
「宰相閣下から伺いました。ユウナギ殿と国王陛下は、不戦の誓いを交わされたそうですね」
「ああ」
アランは小さく首を振る。
「国王陛下がそのような誓いを立てた以上、ジェラルド殿下が無視するとは思えません」
「だが、投獄したんだろ」
「……はい」
苦いものを噛み潰したような顔になる。
理屈と現実が噛み合わない、その歪みが表情に出たのだろう。
「念のためだ。その殿下とやらの動きを監視してくれ。俺が動くと目立つ」
「わたくしが……王族を?」
声がわずかに揺れる。驚きというより、畏怖の色が濃い。
「アランが直接動く必要はない。あの宰相なら動かせる手駒くらいいるはずだ。『俺が気にしている』と伝えるだけで意図は読むはずだ」
アランは眼鏡の縁に指を添え、ほんのわずかに押し上げる。
「……承りました」
短く応じ、頭を下げる。
迷いは残っているが、それでも引き受けた顔だ。
そのまま踵を返し、周囲に目を配りながら距離を取っていく。
足音が遠ざかり、庭園はまた静けさを取り戻す。
俺は一人、視線を上げる。
広がるのは、雲ひとつない青空だ。
やけに澄んでいる。
何も隠していないようで、逆に何かを覆い隠しているみたいに見える。
――どうにも、嫌な流れだ。
風もないのに、胸の奥だけがざわついたまま収まらない。
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