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第79話 地球という行き止まり

 庭園に、見慣れない顔が二つ並んでいる。

 鎧姿の騎士だが、ダニエルやジェイミーよりずっと若い。

 立ち姿にまだ硬さが残っていて、どうにも新兵っぽい空気が抜けきっていない気がする。


 サンクチュアリの前まで来ると、二人は揃って膝を折り、そのまま静かに頭を垂れる。

 祈るような所作だ。いや、実際に祈っているのかもしれない。


「ユウナギ殿。我々はダニエル先輩の後輩です」

「あ、はい……」


 思わず曖昧な返事が漏れる。

 いや、誰だよとは言えないけど、名乗りが雑すぎないか。


「あなたが作った薬のおかげで、俺たちは魔術が使えるようになりました」


 その言葉で、ようやく点と点が繋がる。


 ――ああ、この二人が被験者か。


 改めて顔を見る。肌の張りが違う。十代、下手すれば前半か。

 こんな若い連中に、あの得体の知れない薬を飲ませたのかと思うと、胸の奥が少し重くなる。

 今さらだな、と自分でも思うけど。


「一言、お礼が言いたくて参った次第です」

「そうですか。こちらこそ効果が曖昧な薬を飲んでもらい、申し訳なく思っています」

「いえいえ。マズかったですけど、効果に比べたら些細なことです」


 あっけらかんと笑う。

 軽いな。いや、若いってこういうものか。


「ちなみに、薬のことは誰かに話しましたか?」

「はい。同僚たちに話したら、皆が飲みたいと言ってました」


 ――アランの危惧が当たったのか。


「あの薬は、いつ頃配られるのでしょうか」


 きらきらした目で聞いてくる。まっすぐな目だ。たぶん純粋な期待。悪気ゼロなのだろう。そのぶん少し困る。


「私の手から離れましたので、これから先は王様が決めると思います」

「そうですか、わかりました。本当に感謝しています。ありがとうございました」


 二人は深く頭を下げる。さっきよりもずっと丁寧で、重みのある礼だ。

 顔を上げるとスッキリとした表情。

 彼らは踵を返し、揃った足取りで去っていく。




「ヘイヘイ、マスター」と、サリーの声が弾む。

「ん?」

「あの二人が空気を読まない感謝をしたせいで、また階位アップしたっぽいんだけど」

「あいつらのせいじゃないから、そう言ってやるな」


 さっきの二人の顔を思い出すと、責める気にはなれない。あれはただの善意だ。


「うっわ。いい人アピやめて」

「ほっとけ」

「サリーちょっと考察してみたんだけど。聞く? 聞きたい? 絶対面白いよ?」

「聞かない」

「でも勝手に話すけどね」

「はいはいどうぞ」

「サンクチュアリの進化って、たぶんマスターの欲望に連動してるっぽくね?」


 思わず眉が寄る。欲望、という単語がいやらしい。


「欲望?」

「そうそう。欲望。煩悩。人間のエンジン。エネルギー源。カロリーゼロ」

「最後は嘘だろ」

「細かいことは流してけ。まず最初は“ハンギングベッド”。浮いて移動できるやつ。あれってさ『森に置き去りとかイヤ~リンダ連れてって~』って。願望ダダ漏れ」

「……かもな」


 あの時の自分は、かなり必死だった気がする。欲望というより、危機意識じゃないかと思うが、とりあえず話の続きを聞くか。


「次に“天蓋”。あれは完全に“見られたくない”って思ってたじゃん。お披露目パーティーとかさ、動物園のサルかよって」

「誰がサルだ」

「おっと、マスターは鳥だった」

「うるさいよ」


 軽口を返す。けど、否定しきれない感じだけは残る。

 あの視線の多さは、正直しんどかった。


「寝るとこ覗かれるの落ち着かないもん、しかたないよね。で、次は“二階建てベッド”。『美少女と一緒にいた~い』。はい青春真っ盛り!」

「それは違うだろ」

「事実じゃん? ケイシーちゃんが寝るようになったし」

「結果的にな」

「ではではお待たせ。今回は~なんとぉ~っ」


 ドロロロロ♪ ドラムロールの効果音が鳴る。


 やたら長い。無駄に長い。


 ……まだ続く。


「早く言えよ!」

「聞いて驚け」

「驚かない」

「“鳥居”が出現するのだ」

「……鳥居?」


 一瞬、言葉が止まる。


「そう。神社とかにある、あの真っ赤な柱の、ここから神域ですよ~みたいな」

「なんで鳥居なんだ」

「マスターがアホウドリみたいに鳥籠、鳥籠って連呼するからっしょ」

「事実だし。それで、何の欲望だって言うんだ?」

「サリーの推測?」

「聞くだけ聞いてやる」

「マスターの“逃げたい”欲望」


 顔が自然としかめ面になる。

 否定しようとして、言葉が出てこない。


「最近ずっと言ってるし。戦争やばい、この世界やばい、責任重い、逃げたい、借金鳥から逃げたいって」

「借金なんてないし」

「ちなみに借金取りのトリはバードのほうね」

「あっそ」

「それでねー、機能がちょっと面白い」

「面白い?」

「過去に行ったことのある場所に行けるっぽい」


 一拍、思考が止まる。何を意味しているのか、遅れて頭に落ちてくる。


「何だって?」

「猫型ロボット的なやつ。マスターが知ってる場所なら一瞬でスパッって行けちゃう」

「それ本当か」

「多分ね。おっと、次の質問を当てちゃうぞ。『地球は』って聞くでしょ、残念無理」

「そうか……」


 小さく息が漏れる。

 期待していたわけじゃない。それでも、わずかに浮いたものが、静かに落ちる。


「しかし、サリーの推測は間違っていたな」

「どこかね、言ってみんさい」

「一番の欲望は、結界を通り抜けてケイシーを抱きしめたい」

「エッロ!! AIには性的コンテンツへの保護機能が搭載されているんだよ!」

「なんでAI基準なんだよ」


 サリーがぽつりと呟く。


「でもさ、マスター」

「なんだ」

「地球に行けないのって“本気で帰りたいと思ってない”からだよね」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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